第3話 なぜ勇者のステータスが上がるのか

≪ヴァンプ君、聞こえる?≫


 インカム用イヤホンからペルセポネの声が聞こえてきた。


「セポ姉か! 聞こえるぞ、何か進展があったか!?」


 ペルセポネは無事にフィッツジェラルド博士の元まで到着し、例の荷物を手渡した。そこで勇者と接触し、上手いこと仲間になることができたとのことだった。ちょうど今、博士から初期装備を受け取り話を聞いている勇者の目を盗んでヴァンパイアに連絡を入れたようだ。


「ここまでは順調だな、セポ姉!」

≪ただちょっとまずいことになったわ。いや、まずいというか……≫

「どうした、何があったんだ!?」

≪あの勇者、全く喋らないの≫

「……は?」


 ヴァンパイアが聞き返したのはよく聞き取れなかったためではない。理解できなかったからだ。しかし返ってきた答えはそのままの意味だった。勇者は全く言葉を発しない。ペルセポネからの話は聞いているようだが、言葉は返ってこない。意思の疎通は身振り手振りで行う。「何する?」や「どこへ行く?」といった、イエス・ノーで答えられない質問に対して返す勇者の意思を汲み取るのにペルセポネは膨大な苦労を要したようだった。


≪コミュ障かしらあの勇者≫

「しかしそれでもよく仲間になれたな……やはり露出効果か」


 ヴァンパイアはそのシーンを想像したのか、軽く鼻で笑った。ペルセポネが先行きに不安を覚えているとも知らずに。

 ひとまず次に、ウェルズ街を目指すようヴァンパイアは指示をした。ワーナーを出たら野良モンスターに注意する必要もあるようだ。


「あ、そうだセポ姉。出立前にひとつ、リッチー様からの指示を伝え忘れていたのだが」

≪あら、何かしら?≫

「冒険を進めるときは必ず『勇者ファーストで』とのことだ」

≪……はい?≫


 次はペルセポネが理解できず、聞き返した。リッチーは言っていた。勇者が冒険を進めるにあたって、必ず気分よく冒険させなさいと。敵と遭遇したとき、ダメージを受けさせてはならない。攻撃するときは一撃で倒す。かといって修行をしてはならない。相手を倒す方法はなんでも良い。そして何より重要なのは、『とにかくヨイショしながら冒険を』というのがリッチーからの指示だった。


≪何の接待かしら?≫

「わからん。しかしそうすることが、この冒険を進めるうえで最も大切なのだとおっしゃっていた」

≪わかったわよ! あーもう面倒くさいわね、次から次へと!≫


 勇者と接触後初めての会話は、ペルセポネの愚痴で終わった。ヴァンパイアもペルセポネが愚痴る気持ちは理解していたようだったが、この先の冒険に関しては彼女なら何とかしてくれるだろうと楽観視していた。

 ヴァンパイアは次のイベント準備にとりかかることにした。ベタさを感じながらも、経験値・ゴールドの大量獲得イベントを考えているようだ。ただし経験値は適当な魔物を向かわせればいいものの、ゴールドを大量に消費するとなるとリッチーの許可を得なければならない。確認するために、リッチーの部屋へと向かった。


「リッチー様、ヴァンパイアです。入ってもよろしいでしょうか」

「どーぞー」

「失礼しま……何をしておられるのでしょうか?」


 目の前の光景にたじろぐヴァンパイア。リッチーは鼻息を荒くし、その筋肉の無い骨だけの腕でダンベルを持ち上げていた。


「筋トレだよ筋トレ。見てわからない?」

「は、はぁ……。リッチー様ともあろうお方がなぜ筋トレを……」


 リッチー曰く『魔王たるもの、簡単に倒されては沽券に関わる』らしい。強くなりすぎては勇者が倒しづらくなってしまうのでは、という疑問がヴァンパイアに浮かんだようだったが、強くなる分には倒される演技もできる、というのがリッチーの持論だった。『大は小を兼ねる』という言葉のようなもので、強い分には弱い攻撃もできるが、弱かったら強い攻撃はできないだろうと主張すると、ヴァンパイアは納得したようだった。


「しかし筋トレで強くなれるのであれば、勇者もモンスターと戦って経験値を得る必要はないですよね?」

「良いところに気が付いたねヴァンプ君、その通りだ」

「その通りなんですか!! ではモンスターを倒したら得られる経験値とはいったい……」

「『自信と勇気』だよ」

「は?」


 経験値とは『自分が成長する過程で得られる目に見えない神秘的な何か』ではない。『俺はもうこのモンスターを倒せるようになったんだ』という自信と、『次はこのモンスターでも倒せるだろう』っていう勇気なのだとリッチーは力説する。たしかに戦闘を行うことで戦い方やアイテムの使い方、敵モンスターの弱点を覚えていく、という意味では『経験値』なのではあるが、基本的には心持ち・心構えが大事だ、とのことだ。

 経験値がそういうものであるならば、次に気になってくるのは『体力』や『攻撃力』といった能力、いわゆる『ステータス』だ。『経験値イコール自自信と勇気』ならばステータスが上がる仕組みはどうなっているのかと、ヴァンパイアは立て続けに質問をした。


「僕が託した袋のこと、覚えてる?」

「はい、覚えていますが」

「剣と鎧。あれ、結構重かっただろう?」

「そうですね、お遣いをお願いしたペルセポネも重いと言っていました。ですが、それが何か――」

「その鎧を身に着けて、剣を振りかざしたらどうなる?」

「戦闘が楽になります」

「違うでしょ! いやそうだけど!! 僕が言いたいのは、今僕がやっていることだよ!」

「筋トレ……ですか?」


 筋トレである。戦闘は筋トレである。鎧を身にまとう、それはつまり体が重い状態で動き回る。それに加え、重いものを振り回したら筋トレ効果が得られるのだという。

 さらに幸いなことに、この世界には薬草やポーションがある。これがまた回復の効果だけでなく栄養の補給もできる。便利なアイテムが揃った世界だ。

 しかし筋トレ……もとい、戦闘後にポーションを使用すれば筋肉が増えめでたくステータス上昇、とはいかないようだ。もうひとつ重要なことがあるとリッチーは言った。それは『休養』だ。筋トレの基本はトレーニング・栄養補給・休養の3つだ。それらを繰り返し行うことで筋肉が増大し、ステータスが上昇する。


「冒険の基本が戦闘、ポーション使用、宿泊の繰り返しなのはステータス上昇の理に適っているのですね……」

「そうだね、実によく出来た世の中だ。まぁもし勇者が魔法を取得して魔法主体で戦闘するなら筋トレなんて全く意味がなくなるし、僕も僕で骨だけだから筋トレしたところで筋肉なんて全く関係ないんだけどね……で、ヴァンプ君。君はなぜここへ来たのかい?」


 本来の目的を忘れかけていたヴァンパイア。考えた企画の趣旨とここに来た理由を説明した。

 リッチーの返答はあっさりOKだった。くだらないことや私利私欲のためでなく、それは必要経費だからとのことだ。ゴールドが必要な時は申請書に金額と理由を書いて持ってくれば良いとヴァンパイアに教えた。


「かしこまりました……ところでリッチー様」

「ん? なに?」

「イベントを行えるくらいゴールドはあるのですよね?」

「もちろん。じゃなきゃそもそもイベント事態を許可しないよ」

「その大量のゴールドはいったいどこから……?」

「鉱石を売ったんだよ。もちろん我々魔物が人間と直接売買はできないから、裏ルートを使ってだけどね」


 かつて魔王軍が封印された時よりももっと前、だいぶ昔の話にリッチーは洞窟から貴重な鉱石をザクザク掘り当てた。それはもう大量に採れたそうで、洗剤の購入者に掘り当てた鉱石のプレゼントキャンペーンを行っていたようだ。そして掘り当て加えて幸運だったのは、その採掘場が魔王城のとても近いところにあったという。しかしその話が終わった途端、リッチーが急に黙りこくった。


「どうしましたか?」

「実は当時、調子に乗ってその洞窟で鉱石を取りすぎたせいか、今はもうほとんど取れないんだ」

「それが何か?」


 鉱石が大量に眠っていた洞窟がこの城から近いということは、ワーナーからも近いということだ。魔王軍が採掘しすぎたせいで”はじまりの街”の人々は取れなくなり、初期装備が無くなった可能性もある。勇者が何の援助もなく旅立たされた理由の半分は魔王軍にあるのでは、とリッチーは考えたようだった。


「そしてそれによって得られたゴールドで勇者に武器防具をプレゼントするなんて、皮肉というかなんというか……」

「そだねー。でも悪い事するのが魔王軍の仕事だから、その辺は割り切っていくよ~~!!」



★☆★☆


 会話の途中、また何かが体内を駆け巡るような感覚に襲われた。『黄泉がえり』地点の更新だ。リッチーは恐らくウェルズ街で宿泊したのではないかと推察した。それにしては若干早いのではないかとヴァンパイアは感じていたようだったが、リッチーに同意する。


「ウェルズ街ではセイレーン君が待ち構えているんだっけ?」


 リッチーの質問に対して、ヴァンパイアは得意気に答える。ウェルズ街は港町として栄えている場所だがセイレーンを送ることによって、漁港の機能はストップした。よって住民らは勇者に助けを乞う他ない。今すぐにでもセイレーンを倒さなければ、街ひとつ見殺しにすることになるのだ。


「ぶは、悪役かよ」

「悪役ですよ! ……おっと、もういい時間ですね。こんな遅くまで失礼しました」

「いやいや、大丈夫だよー。ゆっくり休んでくれ」


 ヴァンパイアは自室へと戻り、眠りについた。



◎◎◎◎



 目が覚めたヴァンパイア。目の前にはリッチーがいる。それどころか、眠りにつくため横になったはずであったが、立っている。


「……自室に戻って寝たはずなのになぜ目の前にリッチー様が……」

「ループしたんだね」

「なるほど、これがループか……」


 リッチーはこのループを踏まえ、もう少し道中の難易度を下げるようにと、新たな指示を出した。序盤でループされるととんとん拍子で進まなくなるため、正直キツいというのがリッチーの考えだった。

 ヴァンパイアは軽く頷きその指示を受け入れたが、難しい顔をしていた。ワーナーからウェルズ街まではそう遠くなく、野良モンスターも弱いものしか現れない。その状況であればむしろ経験値稼ぎには好都合だ。おそらくヴァンパイアはそのことを理解していて、リッチーの指示が腑に落ちない部分もあったのだろう。


「ペルセポネに確認をとり、今後の調整をしたいと思います」

「うむ、頼んだよ~」

「では改めて失礼します」


 ヴァンパイアはリッチーの部屋を後にした。

 再び自室へ戻る途中でペルセポネと連絡を取ろうとした瞬間、ペルセポネの方から連絡が来た。


≪ヴァンプ君、今大丈夫?≫

「おお、セポ姉。我が輩もちょうど連絡を取ろうと思っていたところだ。進捗はどうだ?」

≪ちょっとまずいことになったわ≫

「またかよ」

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