第6話 なぜ勇者がステータス上げもせず初ボスを倒せたのか

「ご主人、この宿屋の近くに耳栓が売られている場所をご存知ではないかしら?」


 ペルセポネの問いに、宿屋の主人は「就寝時用のでよければ、部屋に備え付けのがある」と答えた。昨晩、就寝時には耳栓があることに気づかなかったようだ。宿泊料金を上乗せするので頂けないかとペルセポネが交渉したが、主人は無償で良いと快く譲ってくれた。


「ところで夜が明けたにもかかわらず耳栓だなんて、よっぽど騒がしいところに行くんですかい?」

「ふふ、これが怪物を倒す切り札になるのよ」


 理解できていない顔の宿屋の主人に笑顔を見せ、支払いを済ませた。

 部屋へ戻ると、既に勇者の準備が完了していた。


「お待たせ、勇者様。さぁ、この街を救うべくセイレーンを倒しちゃってください! それと……これを」


 勇者が不思議そうな顔でペルセポネの手の上にある耳栓を見つめた。


「これから戦うセイレーンが使うスキルは歌よ。歌声を聴ききれるかどうかが勝負のポイントなの。だからこの耳栓で、歌声を防ぎましょう!」


 なるほど、と言わんばかりの表情で頷いた勇者は耳栓を受け取り、装着した。

 漁港への到着と同時に昨晩と同じような音と水しぶきをあげてセイレーンが姿を現した……が、少し不安げな顔をペルセポネに向けた。

 ペルセポネとセイレーンの間に勇者がいたが、ペルセポネはおかまいなく口に手をあて、大きな声でセイレーンに話しかける。


「セイレーンちゃん、攻撃はいつも通りの歌で!」

「えっ、勇者の前でそんなこと言って大丈夫なのですか?」

「大丈夫、耳栓しているから!」

「なるほど……」


 セイレーンの呆れた顔から発せられる歌声が響きわたる。勇者とセイレーンの第二ラウンドが始まった。

 が、耳栓の効果でもちろん歌は聞こえていない。


「よし、行けるわ! 歌い終わるまであとちょっとよ!」


 しかしここで勇者が、ペルセポネにとって予想外の動きに出る。剣を取り、振りかぶったのだ。それに驚いたペルセポネは、耳栓を付けて声が聞こえていないにも関わらず勇者に制止を求める。


「勇者様! 剣を振る必要は無いわ! 歌を聞き終えれば勝ちなのだから――」

「待って! 姉さん!」


 セイレーンが割って入った。ペルセポネに目線を送り、真剣な表情で軽く頷いた。ペルセポネはセイレーンの意図を読みとったのか、一瞬ハッとした表情になった。しかしすぐ真顔に戻り、ペルセポネもまた軽く頷く。


「いやああぁぁーー!!」


 結局ペルセポネは勇者の攻撃を止めなかった。が、セイレーンは海上、勇者は陸地。剣が届くはずもなかった。それでも悲鳴かどうか怪しい声をあげ、セイレーンは海中に沈んでいった。耳栓でその悲鳴こそ聞こえていないが、勇者は自らの剣で倒したと思っているに違いない。その後ろからペルセポネはそっと勇者の耳栓を抜いて、こう言った。


「すごい……すごいわ勇者様! 本来耐えることが勝利の条件である相手に対して、攻撃して勝ってしまうとは……! それだけ高い攻撃力を誇るのなら、この先の冒険も安心ね――」


 得意満面の笑みになる勇者。ペルセポネは歯が浮きそうだった。ドヤ顔で漁港を背にする勇者の後ろで、疲労の色を隠せないペルセポネ。果たしてこの茶番がいつまで続けられるのだろうか。

 勇者が街に向かって歩き始めているなか、ペルセポネはこっそりと海に向かって話しかけた。


「……おーい。セイレーンちゃん、いるー?」

「いますよー」


 ペルセポネの呼びかけに応じたセイレーンは静かに水面から顔を出した。


「申し訳ないわね、こんな茶番に付き合わせちゃって」

「いえいえ、これも仕事ですから」

「そういってくれると助かるわ。ただこの後も同じようにしないといけないと考えると気が重いわ」

「アハハ、頑張ってください」

「じゃ、セイレーンちゃんには悪いけど、もう少しここで静かに待機しててね。タイミングを見て、ヴァンプ君に迎えを送るよう言っておくから」

「ありがとうございます。あ、あと姉さんこれ」


 セイレーンから渡された袋の中には、ゴールドと赤の徽章が入っていた。セイレーンはもともと自身が沈んだあと水面に浮かび上がらせようと思い描いていたようだったが、勇者がすぐにその場を立ち去ってしまったため、ペルセポネに直接渡すしか選択肢が無くなってしまっていた。一方でペルセポネも、魔物との戦闘が初めてだったためドロップがあることを忘れていたようだった。


「ありがとう、セイレーンちゃん。さて、怪しまれる前に行かなくちゃ」

「姉さん、この先もご無事で!」


 対勇者用の顔つきに変え「勇者様待って~!」と後を追うペルセポネをセイレーンが見送って、戦いの幕が閉じた。

 勇者とペルセポネはその足で勝利報告をするため、町長の家へ向かった。


「おお、勇者様! ご無事でしたか。ここに戻ってこられたということは、怪物を退治できたのですな?」


 勇者は得意げに頷いた。

 町長や町民からの感謝と称賛の嵐を受け、今度は2度、大きく頷いた。


「ところで勇者様。この先に"まよいの森"と呼ばれる森があるのはご存知ですかな?」


 勇者はきょとんとした表情に変え、横に首を振った。

 次の街に行く途中に分かれ道があり、一方は次の街に続き、もう一方は"まよいの森"アンクワンに続いている。このアンクワンに魔物が棲みついているという噂もあり、もしかしたらその魔物が徽章のかけらと関係している可能性が高いのではないかと、町長が情報を提供してくれた。


「たしかに、それは行ってみる価値がありそうね」

「また、その森には優秀なアーチャーが住み着いておる。勇者様の力強い味方になってくれるかもしれません」


 しかし町長はトーンを落として言った。"まよいの森"についての問題のことを。それは"まよいの"という冠が付いている通り、一歩でも足を踏み入れては最後、迷宮から抜けられないと言われていることだった。


「それじゃあ森の中で徽章のかけらを見つけられたとしても、どうやって戻ればいいのでしょうか?」


 腕を組み、表情を変えずに話を聞く勇者。町長とペルセポネの間でのみ言葉が飛び交っている構図だ。


「はっはっは、面白い事をおっしゃいますなお嬢さん。戻る方法がわかっていれば誰も"まよいの森"なんて言いませんよ」

「た、たしかに……」

「それともう一つ。足を踏み入れた者は揃って奇怪な行動を起こすようです。森の七不思議なのか、住み着く魔物の妖術によるものかはわかりませぬが、十分にご注意くだされ」

「ありがとうございます、町長さん。私達、行ってみます!」


 勇者は露骨に嫌そうな顔をしている。


「勇者様のご健闘をお祈りしております」


 深々とお辞儀をする町長を背に、勇者とペルセポネは町長の家を出た。


「さて、勇者様。とりあえず森への出立は明日にしましょうか。セイレーンと戦ってお疲れでしょうし」


 勇者はくたびれた顔で大きく2度頷いた。


「それでは今日はこの町の宿屋に泊まるとして、それまでは自由行動でいいかしら?」


 勇者はまた頷いた。


「ありがとう。私も羽を伸ばしてくるわ」


 両手を空にあげ、伸びのポーズをするペルセポネ。勇者が宿屋へと入っていくのを見届けた後、宿屋とは反対側に向かって歩きながらヴァンパイアに連絡を取る。セイレーン戦の完了とともに"まよいの森"についての情報提供を要求した。


「結局のところ、"まよいの森"ってどういうところなのかしら?」

≪それは……その名の通り入ったものが迷う森だ≫

「それはわかるわよ! そうでなければわざわざ『まよいの』なんてつけないでしょう! 私はどういった理由? 仕組み? で迷うのかを聞きたいのよ! ウェルズ街の町長さんは、妖術の可能性もあると言っていたけれど」

≪うむ……たしかに我が輩も理由まではわからんな≫

「その理由が分かれば攻略だけでなく、勇者をヨイショしやすいわ」

≪セポ姉の言う通りだな。リッチー様への報告と同時に聞いておく≫

「よろしくねヴァンプ君。わかったら教えてね」

≪もちろんだ。セポ姉も引き続き頼んだぞ!≫


 連絡が終わったあと、小さな溜息をつきながらペルセポネが呟いた。


「ヴァンプ君も少し抜けたところがあるのよね……」

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