第7話 なぜ勇者に倒されるモブキャラが主人公になるのか

「リッチー様。ヴァンパイアです。入ってもよろしいでしょうか」

「どーぞー」

「失礼しま……」


 前回と同様に部屋の扉を開けたヴァンパイアの目の前に飛び込んできたのは、またもや器用にパソコンを使いこなすリッチーだった。


「次は何の原稿をお書きになっているのですか?」

「いや、今度はちょっと探し物をね」

「探し物?」


 リッチーはラスボス戦を盛り上げるための、BGM探しに奮闘していたようだ。候補として、ヴェルディのレクイエム『怒りの日』や、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を挙げていた。ラスボス戦のような雰囲気がお気に入りらしい。強くヴァンパイアに勧めていたが、ヴァンパイアはやんわりと流した。

 ヴァンパイアはこの部屋にやってきた趣旨である、セイレーン戦の完了に話題を変えた。それと同時に、アンクワンが”まよいの”と付くようになった由縁も質問した。


「なぜその森に入った者は皆迷うのでしょうか」

「単純な話だ。アカマナフ君の妖術だよ」

「え? ということは森自体には何の効果も?」

「え? うん。森が人間を惑わすとか、ファンタジーじゃあるまい」


 少し前にも同じようなフレーズを聞いて、怪訝な目を向けるヴァンパイア。人間がその森へ一度足を踏み入れると、二度と抜け出せないのと聞いた経験があることをヴァンパイアが言うと、何の俗説だとリッチーはせせら笑った。むしろ森には遊歩道があり、案内看板も多く設置されているらしい。近くにはキャンプ場や公園、樹海を一望できる展望台、風穴、氷穴などがある観光地であり、ピクニックにはもってこいの場所なのだとリッチーは言う。

 予想外の回答にヴァンパイアは唖然としていた。自身がイメージした森の恐ろしさとはあまりにもかけ離れていたので、その反応も当然であろう。


「それじゃあなんで『まよいの』なんて修飾するのでしょうね」

「え? いやいや、アカマナフ君だけはあの森固定での配属なんだよ」


 もともとヴァンパイアが魔物を中ボスとして各地に振り分ける際、アカマナフだけは毎回森で、とリッチーから指示されていた。

 しかしいまいち話がかみ合わない。自分が納得いく回答が得られないと考えたのか、ヴァンパイアはこの話題を諦めた。

 リッチーの部屋を後にし、自室に戻りながらペルセポネに連絡を取るヴァンパイア。


「……という訳なんだ」

≪たしかに、なぜその森がそう呼ばれているのかまでは私も知らないわね≫

「そうだろう? ちょっと気になるから、もし余裕があればアカマナフさんに聞いておいてくれないか」

≪いいけど、勇者に感づかれないようにしなきゃいけないからその要望はちょっと難しいかもよ≫

「もちろんできれば、で大丈夫だ」

≪とりあえず森を攻略したらまた連絡するわ≫

「ああ、頼んだ。待っているぞ」


「さて……と。おい! チビスケはおらぬか!」

「お呼びでしょうか?」


 自室に戻ったヴァンパイアはチビスケを呼び、戦闘に出られそうな他のチビスケを2~30体集めるように指示を出した。どうやら次のイベントの準備をするようだ。ヴァンパイアが自室で待機していると、言われた通り数十体のチビスケがやってきた。


「失礼します!」

「お呼びでしょうか!」

「なにか御用でしょうか!」


 何体ものチビスケが一斉に話し出す。姿形は小さいが、何体も集まると慣れたヴァンパイアでも一瞬たじろいでしまうほどだ。

 ヴァンパイアは次のイベントの構想を説明した。中でもヴァンパイアが「次の主役はお前らだ」と言った時は、最高に盛り上がった。


「本当ですか? ついに我々が主役に!」


 チビスケ達から歓喜の声が上がる。普段は裏方仕事がメインな彼らにとって表舞台で、さらにはリーダーとして仕事を務めることはこの上なく光栄なことなのだ。


「あー……。いや、盛り上がっているところすまないが……主役とは言っても勇者に倒されるのが主な仕事だ」

「なんだ……いつも通りじゃないですか……」


 急速に熱が冷め、ほとんどのチビスケがしょげた。そんなチビスケ達の姿を見たヴァンパイアが慌ててフォローを入れる。今回はチビスケ達の力無しでは達成できないイベントなのだと。

 ヴァンパイアは内容を説明し始めた。差し詰め、タイトルをつけるとすれば『金のチビスケ大量発生!』といったところだろうか。つまるところ、勇者一行がゴールドを大量獲得できるチャンスを与えるのだと言った。


「なるほど。それはたしかに、ヴァンパイア様や中ボスクラスの戦闘員が行うには役不足ですね」

「その通りだ。やってくれるな?」

「もちろんです! ……で、どうやって我々は金色に?」

「コレだ」


 ヴァンパイアは光る紙のようなものを手のひらに出現させた。人間から見ると手品のようだが、ヴァンパイアの魔力によるものなのだろう。ヴァンパイアが出現させたのはアルミ箔だった。


「まさかこれをまとって勇者とエンカウントしろと……?」

「そうだ。なんだ、何か不満か?」


 チビスケ達からは不満が噴出した。まるで労働環境の改善を促すデモのようだ。ハリボテだ、そんなのまとって動けるか、アルミ箔だとそもそも金ではなくて銀だろう、と。まとまりがなく、各々が好き勝手に文句を言い続けた。

 しかしヴァンパイアは怯まなかった。しっかりと考えがあったようだ。


「フハハ、甘いなチビスケ共よ」

「え?」

「もう一つ、魔法のアイテムがある」


 そう言うと今度はもう片方の手でバケツを出現させた。中にはオレンジ色の液体が入っている。


「これが魔法のアイテム……ですか? そして中の不気味な液体はいったい……」

「案ずるな。中身はただの塗料だ」


 一体のチビスケルトンの骨が崩れ落ちた。その崩れっぷりはどのような言葉を使うよりも痛快なツッコミだった。

 他のチビスケルトンがすぐに組み立て、また問いかけた。


「意味がわかりません! いったい何をしようとするのですか!」

「まぁそう焦るな。良く見ておけ」


 そういうとヴァンパイアはアルミ箔をオレンジ色の塗料に浸した。

 そしてすぐにアルミ箔を持ち上げると、またもやチビスケ達から歓声があがった。


「これは!!」

「すごい!!」

「さすがヴァンパイア様!!」


 ヴァンパイアの持っていたアルミ箔が金色に見えるようになっていたのだ。ヴァンパイアは鼻高々に言い放った。


「我が輩の知識を舐めてもらっては困るぞ。さぁ、この金色に見えるアルミ箔を作成していき、それを纏うのだ!!」

「アイアイサー!」


 チビスケルトン達が協力しながら金色に見えるアルミ箔を纏っていった。

 その途中、一体のチビスケが呟いた。


「でもどうせなら本物の金のほうが……」

「いや、それはできないな。これから大量のゴールドを失うってのに見栄えも気にしたら予算オーバーもいいところだ。ドロップするゴールド以外はなるべく節約していくぞ」

「トホホ……」


 こうしてヴァンパイアと数十体のチビスケルトン達によって着々とゴールド大量獲得のイベントに向けた準備が進んで行くのであった。

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