第5話 なぜ勇者にスキルが1つしか与えられないのか

「ところでリッチー様、お聞きしたいのですが」

「うん? どうしたの?」


 ランタンに灯った心もとないロウソクの灯りを頼りに、頬杖をしながら読書に耽っているリッチーにヴァンパイアは問いかけた。


「セイレーンは『歌って相手を倒す』と言いますが、どんな歌を歌っているのですか? というかそもそもどういう原理で歌で倒せると? そして逆に、なぜそれを耐えればセイレーンの方がやられるのですか?」


 怒涛の質問攻めに一瞬たじろいだリッチー。咳ばらいをし、気を取り直して説明した。リッチー曰く、彼女はスキル『グレゴリー・アン・チャント』の使い手とのことだ。そして表現としては『倒せる』のではなく『歌声を聞いた相手が倒れる』が正しいという。


「……え? ちょ、ちょっと待ってください。まず聞きたいのですが、スキルのグレなんとかを解説していただけますか?」

「要は宗教音楽だね。でも彼女のそのスキルはまだまだ未熟だ。始まりの街から魔王城までの道中に教会があるんだけど、おそらくそこでホンモノが聞けるんじゃないかな」


 このスキルは歌である。最も特徴的なところといえば、拍子が無いことだろう。3拍子や4拍子などと言った、一定のリズムというものが存在しない。聞く者によっては単調でただ呪文を唱えているだけのように聞こえるかもしれない。しかしリッチーは逆で、その音色の美しさとどこか身の毛がよだつような感覚に、ゾクゾクしたそうだ。


「旋律だけに『戦慄』ってか?」

「それでセイレーンが歌うのは」

「突っ込んでよ」


 セイレーンが歌うものはまだ完成形ではない。未完成の、『ようなもの』である。本来、完全なるそのスキルは美しい音色となる。ただ彼女の場合、リズムも音程もなくなってしまう。しかし結果的にはそれで相手が倒れてしまうものだから『ようなもの』とリッチーは表現したようだ。


「……それただの超絶音痴!」

「アハハ、そうとも言うね」

「そうとしか言わないのでは」

「セイレーン君も自身が超絶音痴だってことは理解しているから、そんな歌を最後まで披露した彼女は想像を絶するほどの羞恥心によって精神的な理由で倒れるんだ」

「恥ずか死かよ!」

「でもね、彼女も歌が下手な理由がちゃんとあるんだよ」

「下手な理由?」


 セイレーンは魔王軍の中でもひときわ人間の文化に興味を持っている。中でもお気に入りでかつ得意なのが、楽器だ。管楽器、弦楽器、打楽器、なんでもござれ。彼女の両親が魔王軍としての責務を果たしている最中は、リッチーが幼き彼女を預かり面倒をよく見ていた。そのため彼女は楽器の演奏が得意なことをよく知っている。中でも一番得意なのはピアノである。前回の勇者が攻めてきた時は、城内のBGMとして演奏していたそうだ。


「ちょっと待ってください、それなら音痴の理由がわからないのですが。それだけ音に触れてきたのなら、絶対音感があるのでは?」

「たしかに絶対音感を持ってるね。でも絶対音感イコール歌ウマ、ってわけではないよ」


 リッチーが軽く笑いながら答えた。どうやらセイレーンから同じ事を何度も主張されたらしい。絶対音感を持っていれば問答無用で歌が上手いというのは間違いである、と。さらに合唱においては楽器を演奏できる者は伴奏に回されることが多いため、歌を練習する時間も他より少ないのだ。


「そういえば伴奏が出来る出来ないって、人間側の世界ではかなり重要みたいよ」

「……どんな場面でですか?」

「ほら、冒険者を職業や職業レベルごとに区分することがあるだろう? その時に、伴奏できるか出来ないかが一番最初に考慮されるポイントなんだ」


 例えばすべての能力が平均かそれ以上で、剣術が得意な者は「ファイター」となる。物理攻撃は苦手だが魔力に長ける者は「マジシャン」となる。魔力に長け、さらに回復の術が使える者は「クレリック」となる。種類は様々だが、それらが分けられる際に必ずいずれかに一人は「伴奏ができる者」が振り分けられるのだという。もちろん基本的には能力の長所・短所を見極めることが重要なのだが、多少、能力がその区分とかけ離れていても「伴奏ができる」という特技は区分するにあたり一考の余地となるようだ。


「……なぜそんなことを?」

「それらに詳しい評論家のママ曰く『オトナノジジョウ』ということらしいよ」

「誰ですかそのママって……」


 理解を超えた回答にヴァンパイアは呆れかえる。しかしすぐに気を取り直して、再度質問を投げかけた。


「ところでこのセイレーンの『歌を聞いた相手が倒れる』というのは『スキル』なんですよね?」

「そうだね」

「そもそもスキルって……なに?」


 攻撃、防御、回復、強奪。種類は様々。所有者固有のものもある。

 しかしこの『スキル』とはそもそも何なのか。なぜそのスキルを得られるのか。または既に得ているのか。長らく魔王として君臨するリッチーならスキルについて説明できるだろうとヴァンパイアは考えたようだ。

 リッチーは少し考えたあと、最初に取得方法をゆっくりとした口調で答えた。それは3つある。生まれながらにして備わっている先天性のものがひとつ。修行して手に入れる、または他人やアイテムの力によって付与される後天性のものが2つあるとのことだ。『黄泉がえり』は後天性の、後者に当たるスキルである。

 ヴァンパイアは今まで、心の奥底で引っかかっていたようだ。スキル付与時にはさらっと聞き流してしまったが、魔王たるものがなぜ敵に塩を送るようなマネをするのか。その理由を改めて問いただした。

 実はその質問こそが『スキル』という性質のキモだという。『スキル』とは、冒険を都合よく進められるようにするための設定なのだとリッチーは断言した。


「実はフィッツジェラルド博士から『今回の勇者は何もできない』という情報をもらっていてね」


 その言葉を受け、ヴァンパイアは一瞬で勇者が『黄泉がえり』のスキルを付与された理由を理解した。同行しているペルセポネもそのことにうすうす感づく頃だろう。何度戦闘で負けるかわからない今回の勇者にとって、『黄泉がえり』は最も都合がいいスキルなのである。

 しかしそれならば勇者が『寿命以外では不死身になる』ということになりかねないが、そこは魔王・リッチーである。リッチーが付与したスキルなだけあって、封印をされている時はそのスキルの効力は発揮されないというのである。


「ちなみに『黄泉がえり』で死んだ地点から戻った地点までの記憶が魔王軍の関係者にしか残らないのも、我々にとって都合が良いからそう設定したさね」


 ヴァンパイアはリッチーを称えた。どのようなシチュエーションも想定したうえで、あのスキルを付与したのはさすが魔王といったところである。また、それならばこれからも勇者に2個目、3個目や、仲間になる人間にもスキルを与えるのですねとリッチーに言ったが、それを聞いたリッチーは急に声のトーンを低くして否定した。


「え? なぜですか。スキルが多ければ多いほど都合よく冒険を進めてくれるのでは?」

「うーん、それはその通りなんだけど……」


 歯切れが悪くなったことを気になったのかヴァンパイアは答えを引き出すまで辛抱強く聞いた。やがて折れたリッチーが重い口を開き、こう答えた。


「スキルの名前とか効果を考えるのが正直、めんどい」

「誰か! 誰かこの魔王がちゃんと働くスキルを!!」

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