第23話 なぜ勇者はハーレムを形成できるのか

「リッチー様!」


 自室の王座に腰掛け、膝上に陣取ったパブロフの頭を優雅に撫でるリッチーにヴァンパイアは話しかけた。


「先ほどまたペルセポネから連絡が入りまして、通信が途中で切れてしまったのですが、どうやらまた一人パーティに女の子が加わりそうとのことです。なんでも、コミカルな魔法少女だとかなんとか」

「お、我々を倒せるくらい強い子だと良いねぇ」

「なんで……なんで勇者は可愛い女の子にモテるのでしょうか!」

「え、そっち? っていうか可愛い女の子って、実物見たの?」

「冒険者に群がる女の子なんだから、可愛いに決まっています!」

「う、うーんと、ちょっとその理論はわからないかな」

「話を聞く限りでは今回の勇者は相当な無能のように思えるんですが、なぜそんな奴に異性が群がるんですか!!」


 ヴァンパイアは小刻みに震えていた。人間ではないが、人間と同じように分類するとしたら彼も男だ。ハーレムが羨ましいのも無理はない。

 リッチーは顎に手をあて、悩んだ。悩む理由は2つあった。1つはヴァンパイアに聞かれたことに対する答えだが、もう1つはなぜここまでヴァンパイアが熱くなっているのか、だ。ヴァンパイアはリッチーも自分同様男なのに、と主張したいのだろうが、この世界に存在している年数が根本的に違う。大人の余裕と言ったところだろうか。考えていたために少し間が開いたが結局リッチーは不毛な議論を嫌い、ヴァンパイアに聞かれたことのみを答えることにした。


「うーんと……可能性としては、スキルを使っているんじゃないかな?」

「スキルですか? また?」


 リッチー曰く、モテモテになるための有効なスキルがいくつかあるらしい。そのうち簡単に習得できる2つのスキルを説明し始めた。


「まずひとつめ……これは勇者は使っていないんだけど『エフェクト・オブ・ツァイガルニク』というスキルを駆使してモテモテになる人間がいる」

「つぁ……つぁるるるる?」

「一言で説明してしまえば、『正解はCMの後で!』って感じかな」

「は?」


 リッチーは『人間は達成したことやキレイに終わったことよりも中断している事柄の方が記憶に残る』という性質を利用して自身のモテに繋げている人間がいるのだと言う。

 人間界にある童話に例えて説明した。その童話はまさにその効果を利用しているのだという。母や姉に召し使いのような扱いを受けていた主人公が、あるきっかけでかけられた魔法により綺麗に着飾って舞踏会へ行く。そこで王子に見初められるものの時間制限のある魔法が解けてしまいそうになったため、盛り上がりも最高潮のところで立ち去ってしまい、その後王子が必死で主人公を探し出す、という話だ。


「え、えーと、つまりイイ雰囲気のところで強制終了するのが効果的、ということですか?」

「その通り」


 モテの秘訣は『押し』よりも『引き』だという。会話でも、共同作業でも、何でもいい。中途半端なところで終わらせることによって『次』に繋げられる。つまるところ、『引き』を上手く利用して相手を焦らすことが重要なのだとリッチーは力説した。ハーレム系の主人公の9割方はこの『ツァイガルニク』スキルを使用しているという。


「ちなみに童話でなく、具体例みたいなのってあるんですか?」

「そうだね。主人公が女の子と良い関係になりそうになった瞬間、難聴または発達障害を疑うレベルの鈍感っぷりを発症する」

「また辛辣な……」


 最初は若干興奮気味であったヴァンパイアも、小難しい話を聞いて次第にその熱が冷めていく。しかし自ら上司に質問してしまった手前、話を途中で終わらせる訳にもいかない。そのためか、興味が薄れつつあったが2つ目のスキルをヴァンパイアは聞くことにした。2つ目、それは『エフェクト・オブ・ウィンザー』という名前のスキルだそうだ。聞きなれないスキルの連発にヴァンパイアの目が点になる。


「簡潔に解説をお願いします……」

「えーっとね、自身でアレコレ宣伝するよりも、他者から言われたほうが信頼度・信憑性が高くなる効果、ってところかな」


 ヴァンパイアがペルセポネ本人から『私は膨大な魔力を持っていて、強力な魔法が使えるのよ』と言われるよりも、第三者であるリッチーから『ペルセポネ君は膨大な魔力を扱うことができて、強いんだよ』と言われた方が説得力がある。前者の場合だけなら、ペルセポネがただの自意識過剰という印象しか残らないだろう。そのため他者からの評価の方が信頼できる。

 リッチーは人間界にある、飲食店等の利用者がレビューを投稿してそれをまとめるシステムを例に出した。自分の店の店員、または店主が『ウチの店が一番美味しいよ!』というよりも、利用者が『ここが一番美味しかった!』っていう方が何倍も気になる。その心理を利用したのが『ウィンザー』スキルとのことだ。


「たしかに……」


 ヴァンパイアは『ウィンザー』スキルがどのようなものであるかは理解できたようだ。しかし、腑に落ちない部分もあったようだ。その効果の恩恵とハーレムがどのように繋がるのか。さらに、勇者はなぜそのような高度に思えるスキルを使用できているのか、ということだった。


「あっはっは、それは簡単なことだよヴァンプ君」

「え?」

「まず勇者がそのスキルを活用できている点についてだが、よく考えてみたまえ。勇者はどうやって自分をアピールできる?」


 そう、勇者は話さない。自ら言葉を発することがないのだから、勇者自身の評価は他者からの情報に頼らざるを得ない。ただしそれでは諸刃の剣だ。なにせ評価のすべてが『良いもの』とは限らない。ことにこの勇者に至っては、今までの行動からしてとても評価に値する人物であるとは言えない。そう考えると勇者のもとに仲間が集まってくることが不思議に思えるが、そんな勇者の評価を一転させる者がいる。そう、ペルセポネだ。

 現在までの冒険、特に序盤ではペルセポネの暗躍があった。セイレーンとアカマナフから徽章を取り返したのも、両親と感動(?)の再会ができたのも、すべてペルセポネの手引きによるものだ。しかし重要なのは、その活躍は表向きには勇者によるものとなっているという点だ。ペルセポネは冒険前、魔王城にいたころのヴァンパイアから任された仕事を忠実に遂行している。勇者が活躍したことになっているのだ。そんな活躍のウワサを耳にしたら、勇者の評価がうなぎ上りになるのは必然だ。そうなれば当然、勇者を崇拝、好意を持つ者が続出する。

 しかしいくら狭い世界とはいえ、勇者の評判が色んな人に回っていくものなのかと疑問符が付くこともあるだろう。だが勇者という存在は人間から見れば『魔王を倒すために立ち上がった勇気ある青年』だ。人間界にはすぐ伝播する。もっとも、リッチーを始めとする力を持つ魔王軍からしてみれば『命をドブに捨てるために立ち上がった無鉄砲な少年』のような感覚なのであろうが。


「あ、ところでこの2つのスキル、頭が良いと悪用する輩もいるから注意が必要だよ」

「注意……我々魔物にとってみれば悪用するのが本分のような気もしますが。なにか事件とかあったのですか?」

「事件だなんてそんな大層なことではないけれど、まぁいわゆる『痴情のもつれ』へ発展してしまうことも往々にしてあるからね」

「なるほど……。リッチー様の近くで何か実例があったのですか?」

「あったあった。ヘラって女の子がいたんだけど、この子がまた嫉妬深くてあの時――あ、ごめんこのあと所用で今時間がないから、また今度話そう」

「ぐぬぬ」


 リッチーが満足気な顔になる。ヴァンパイアは一瞬悔しそうな表情を見せたが、すぐにすまし顔になってこう言った。


「そういえばリッチー様、ペルセポネやセイレーンがこう言っていましたよ。『リッチー様は相手を弄ぶから女が寄ってこないんだ』って」

「ぐぬぬ」

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