第28話 なぜ勇者の仲間が対峙することになるのか
「ヴァンプ君、聞こえる?」
≪ああ、聞こえるぞ。もうそろそろ魔王城にたどり着くのか?≫
「ええ、そうね。今さっきイフリートさんを退治したわ。あとは私が勇者達から離れるだけ」
≪そうか。最後まで気を緩めずに、頼むぞ≫
「そうね。それじゃあ私、行かなくちゃ――」
イフリートを追い払った時には、既に夜が明けていた。雲一つない快晴。清々しい朝である。ペルセポネを除く勇者一行は徹夜でイフリートの探索・退治を行っていたためか疲労の色が濃かったものの、弱音を吐くものは誰もいなかった。その姿を見て、ペルセポネは彼らの成長が身に染みたに違いない。そして次に徽章があるとされる”天空の城”ハイタワーを目指す。しかしここの担当はペルセポネ。ペルセポネ本人はどのタイミングで正体を明かし、どのようにして勇者のもとを離れるのか、苦悶していた。
「ペルセポネさん、"天空の城"って、もしかしてアレですか……?」
モニカが指を指す方向に巨大な城が浮いていた。奥には魔王城も見える。
「本当に城が浮いている……」
「どうやってあそこまで行くのでしょう~……」
この世界に飛び道具などない。ましてや人間で浮遊できる者もいない。
「いや、あの城にはちょっとしたカラクリがあるのよ」
「カラクリ?」
「ええ。ひとまず下山して、あの城の真下まで向かいましょう」
そのペルセポネの一言で、勇者一行は登山時の出発地点とは正反対の場所に下山した。そこから少し歩き、やがて城の真下までたどり着く。
「火口付近から見たときはそうでもなかったんですけど、真下から見るととても大きいんですね……」
モニカはもう少し背中を逸らすと頭から転倒してしまうのではないかというくらい、上空を見上げていた。
「ええ、そうね。でも何か変だとは思わない?」
「変……?」
一同が揃って考え出す。
「難しいことではないわ。本来、ここにあるはずのモノが無いのよ」
「……あっ! 影か!」
「ソフィーちゃん、正解!」
ソフィーの言う通り、天空の城の下には影が無かった。真下だけではない。これほどまでに大きな建物ならば、それと同じくらいの大きさの影ができるはずだが、辺りを見渡してもそれは無かった。
「どういうことなのよ……」
驚きを露わにしたソフィーだったが、すぐに何がどうなっているのかを考えた。しかしペルセポネはそんなソフィーを茶化すように言った。
「ふふふ、私のハンドパワーであの城を消してしまいましょう」
妖しげな顔と手つきでペルセポネは言う。傍から見るとその言動はインチキマジシャンのそれだったが、ソフィーらはペルセポネの言葉を信じて疑わない。ペルセポネは彼女らに少し待つよう伝え、近くにあった茂みにしゃがみ込んだ。そしてすぐ、ペルセポネの傍から火花が飛ぶような音が聞こえてきた。
「さあ、上をご覧なさい!」
得意気に言ったペルセポネの言葉につられ、全員が一斉に上を向いた。たしかに城が消えている。
「ペルセポネさん、いったい何を……」
「魔法陣の効果を解除したのよ」
「魔法陣? あの城の正体はいったい……」
「ただの幻影よ」
「幻影?」
「ええ。魔法陣から発せられる魔力で城が浮かび上がっているように見せていただけ。このあたりは大きな魔法陣に囲われているのよ。魔王城から近いから、魔力を供給しやすいのかもね」
勇者らの反応を見ることなく、ペルセポネは続けて言った。
「魔王レベルの魔力があれば本物の建物を浮かすことができるのだろうけど、そもそも本物を浮かすことはデメリットばかりなのよ。上空だと建築基準法に基づく建蔽率が定められていないし、日照権のトラブル事例も多いのよ」
「ペルセポネさん」
「あとは単純にモノを落下させたら地上の人たちが危な……ん? どうしたの? モニカちゃん」
モニカは説明を遮るようにペルセポネの名前を呼んだ。俯き、声と肩が震えている。
「ペルセポネさん……あなた、いったい何者ですか?」
「何者……って、いきなりどうしたのよ。言わなかったっけ、勇者様に助けてもらったご恩をお返しするために同行させてもらっている……」
「どうして魔法陣の効果を解除できるのですか? 本当は魔王軍の一員で、しかもそれなりに高い地位にいるのではないのですか?」
突然いつもとは違う雰囲気になったモニカに対して、モニカを除く全員は戸惑いを見せていた。しかしモニカのその一言で懐疑的な目がペルセポネへと向かう。
「……何を言いたいのかしら? 私も私なりに、冒険のお手伝いをしてきたつもりよ」
「魔物のこととか、この世界のことを詳しすぎじゃありませんか?」
「それは勇者様と出会ってなければ私一人で魔王を倒す冒険者になるつもりだったから、下調べくらいは――」
「じゃあなんで!!」
モニカの口調が徐々に強くなっていく。感情を強く表したのはサキュバスと対峙した時以来だ。普段は見ないモニカの姿に、一同は驚きを隠せない。
「じゃあなんで勇者様のお母様――マミーと会った時、初対面のはずのマミーがあなたの名前を知っていたんですか!? 口調だって、仲間と話すようだったじゃないですか!」
モニカの言う通りだった。マミーと出会った際、モニカは名乗ったがペルセポネは名乗らなかった。それにも拘わらず、マミーはペルセポネと旧知の仲であるかのように話していた。その時には気づけなかった違和感が、モニカの中でずっと引っかかっていたようだ。
「それだけじゃないです! 金色の小さいスケルトンが現われた時、私たちには群がって骨で叩いてきたのに、なぜかあなただけには叩いてこなかった! それはスケルトンがあなたの僕だからじゃないですか!?」
「そ、それはたまたま……私だけ目に入らなかったのではないかしら?」
「そして何より! 今さっきイフリートの事を『勘違いしている人間が多い』と言いましたよね? それはアナタが人間でないから言えるセリフではないのですか!?」
「モニカちゃん! もうやめて~!」
制止に入ったのはアメリアだった。アメリアもまた普段のような温厚さは見られず、やや興奮しているようだ。
「ペルセポネさんが私達を欺いて傍にいるメリットは無いんじゃないの~?」
「そんなことはないです。我々の弱点を探ることだってできますし、いつか我々の寝首を掻こうとしていたかもしれないじゃないですか!」
「でも、もしペルセポネさんが普通の人間だったらどうするの~? モニカちゃんが嫌な人間になっちゃうよ~!」
「私だって……私だって信じたいです! 仲間だってことを! たしかにペルセポネさんが言った通り、私たちのことを何度も助けてくれました。私はペルセポネさんの優しさを知っています……でも! でも! これだけ怪しいことがあったら、疑わざるを得ないじゃないですか!!」
モニカはもはや口調が強いのではなく、泣き叫んでいた。顔を真っ赤に腫らし、大粒の涙が頬を伝う。それにつられてか、アメリアも泣いていた。
「今私の言ったことがただの妄想だったら謝ります……。お願いですから、そんなことはあり得ないと言ってください。ねぇ? ペルセポネさん――」
モニカは顔をぐしゃぐしゃにしながらも、精いっぱいの笑顔をペルセポネに向けた。
「フフ……フフフフフ……」
「何が可笑しい!」
ペルセポネが不気味に笑うと、それに勇者とソフィーが反応した。特にソフィーは冷静だった。共に冒険してきた時間が短い分、感情に浸ることも無かったのだろう。勇者は剣を構え、ソフィーは杖を向けている。
「アハハハハ!」
今度は高らかに笑った。それと同時にペルセポネは真上に高く飛び、大きな羽を広げて宙に浮かぶ。
「おかげで手間が省けたわ」
「やっぱり……やっぱりそうだったんですか!」
「でもまさか、このパーティで一番のお馬鹿さんに見破られるとはね」
「なっ……お馬鹿さんだと!!」
泣いて顔を腫らしていたアルテミスだったが、今はおそらく違う理由で顔を腫らしている。
「フフ。そうよ、私はペルセポネ。魔王軍の一員にして幹部のひとりよ」
「我々の情報収集が目的か?」
「だったら、何? 私を、殺す?」
そこにはいるのはいつものペルセポネではない。冷酷な目つきで勇者達を見下していた。
「くらえ!」
ソフィーがお得意の魔法をペルセポネに放った。が、ペルセポネはいとも簡単にそれをかわす。
「良い攻撃ね。でも私は戦闘を好まない。我々が憎いのであれば、徽章を集めて封印してごらんなさい」
「それならばどうやって貴様から徽章を奪えばいいと言うのだ!」
「それを敵に聞いちゃう? でもまぁ、いいでしょう。あなた達を今まで欺いてきたお詫びに、イイコトを教えてあげる」
「イイコト……だと?」
「私は今、徽章を持っていないわ」
そう言うとペルセポネは2度、宙で回転した。しかし徽章はおろか、何も落ちてくる気配はない。その姿を見て、勇者らはその言葉が嘘ではないのだと確信したようだった。続けてペルセポネはヒントを与えた。自分がもともと持っていた徽章は今、勇者が大好きな施設がある街のどこかにあるはずだ、と。
「コイツが大好きな場所……?」
3人は勇者の顔を見た。その時既に、勇者はどこかわかっているようだった。爽やかな表情でソフィーの袖をつまみ、反対側の手では歩いてきた道を指さしている。引き返すようだ。
「さすがは勇者様。見当がついているようね。それじゃあ私は先に魔王城で待っているわ。また会う時まで、ごきげんよう」
ペルセポネはそう言い放ち、魔王城の方角へと飛び立って言った。一方勇者達は、ペルセポネが立ち去るのを確認し、勇者の案内で道を駆け足で引き返していった。
魔王城へ向かうペルセポネ。羽ばたきながら、喜びを爆発させていた。
「ようやく解放された……いやっほーう!」
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