第29話 なぜ勇者が手に入れる貴重品は金にならないのか

「そうよ、私はペルセポネ」


「魔王軍の一員にして幹部のうちのひとりよ」

「……あっ」


 ヴァンパイアが声を裏返し、ペルセポネのモノマネをリッチーに披露していた。リッチーはそこで何かに気づいたようである。


「だったら、何? 私を、殺す?」

「ヴァンプ君。後ろ、後ろ」


 ヴァンパイアの後方を指さしながらリッチーは言った。そこには蔑むような目つきでヴァンパイアを見つめるペルセポネの姿があった。


「なーにをやっているのかしら、ヴァンプ君?」

「おお、セポ姉か! お帰り!」

「……今のは私のマネ?」

「そうそう、なかなかの迫真の演技だったぞ! まさかあんな形でパーティを離脱するとは思っていなかった。高笑いのところとか傑作――」


 ペルセポネからのキレイな右ストレートがヴァンパイアの頬に決まった。広い部屋の端までほど吹っ飛び、一発KOだ。アンタのせいでどれだけ苦労をしたと思っているのだ、しかもそれを茶化すなんてどういうつもりだと、今にも頭から湯気が立ちそうなほど憤慨している。


「まぁまぁ、ヴァンプ君も悪気しかなかっただろうけど、その右ストレートで許してあげなさい」

「リッチー様がそうおっしゃるのなら……」


 ペルセポネはまるで闘牛のように何度も目標目掛けて突進していきそうな勢いだったが、それをリッチーがなだめる。ペルセポネは平静を取り戻し、その間に頬の晴れたヴァンパイアがようやく起き上がり、会話に加わった。


「ところでどうしてヴァンプ君に私のセリフが全て筒抜けになっていたのかしら?」


 ペルセポネのこの質問はごもっともである。本来、インカムを使用する際はボタンを押している時にしか通信されないからだ。


「あー多分それ、魔力が乱れたんだね」

「魔力が乱れる……とはいったいどういうことでしょう、リッチー様」


 ペルセポネのセリフが聞こえてきたのは魔法陣の中である。その魔法陣で「城を見せる」という魔力が働いている最中に、全く別の「通信する」という魔力が交錯してしまったため、魔力が乱れてしまったというのだ。どれだけ優れた魔法使いでも右手で火属性魔法、左手で水属性魔法のように、いっぺんに違う種類の魔法を操るのは至難の業だ。魔力の乱れはそれに近いとリッチーが説明し、ふたりが納得した。


「ちなみにセポ姉よ、厳密に言えばイフリートと対峙している時からポツポツと聞こえていたぞ」

「どうして夜中に起きているのかしら?」

「ところでペルセポネ君。君の徽章はどこにあるんだい?」

「はい、センドラインにあるお店です」

「センドライン? なんでまたそんなところに」

「あら、ヴァンプ君。我々がいかに質素でみすぼらしい冒険をしてきたのかご存知ではなくて?」


 ヴァンパイアが訝しげな目をペルセポネに向けた。それを察したのか、答えを発したペルセポネの声からは明確にストレスが感じ取れる。

 ペルセポネが徽章を手放したのは、勇者が『ぱーらー』でゴールドを使い果たしたあとだった。勇者がショックで灰になっている時、ペルセポネがその場を離れたのは愛想を尽かしたからではなかった。無一文になってしまった現状を少しでも打破しようと、資金繰りに奮闘していたようだ。


「で、徽章を売ってゴールドにしようと?」

「はい」

「おお。それで何ゴールドくらいになったのだ?」


 ヴァンパイアのその質問に、徐々に表情が曇るペルセポネ。しまいには俯いてしまった。


「あれ、我が輩何かマズいこと言ったか?」

「1ゴールド程度にしかならなかったんだろう? ペルセポネ君」


 リッチーが軽く笑いながら、からかうように言った。


「全くその通りです、リッチー様」


 ため息交じりにペルセポネが答えた。

 この会話を聞いていたヴァンパイアは頭の中が疑問符で占領されたのだろう。徽章ほど珍しいものであれば、さぞ高値が付くのだろうと想像できる。それがたったの1ゴールド程度と聞いて、呆然としていた。リッチー曰く、徽章は扱う人間によって価値が大幅に変わるということらしい。

 徽章が欲しいのは勇者だけである。魔王軍の封印自体は人間全員の悲願ではあるが、徽章を手に入れた人間全員が必ず『じゃあ俺が魔王を倒してやるか!』となる訳ではない。むしろ周りから『徽章を手に入れたんだからお前が行けよ』と煽られたり、魔物が取り返しに狙ってくる可能性もある。身の程を弁え、賢明な者ほど『徽章を持っていない方が安全』という結論に行きつくはずだ。


「だからたしかに徽章は貴重だけど、人によっては全く価値の無いものになる。そんなものにゴールドを支払ってまで引き取りたくないってのが大半の心理だろうね」

「必要なのに個人では持ちたがらない。一種のジレンマね」


 徐々にいつもの凛とした顔に戻ってきたペルセポネは、腕を組みウンウンと軽く頷いていた。道理で徽章を誰も引き取ろうとしなかった訳だと納得していたのだろう。しかしペルセポネは、ゴールドを得るためだけに徽章を売ろうとしたのではないという。


「まぁリッチー様とヴァンプ君のことだから、いらぬお節介かもしれないけど」


 という前置きを淡々と述べ、


「時間稼ぎの意味でも、ね。いくらあの勇者相手とはいえ、一応最終決戦の直前だから。念のため段取りの確認をする時間があったほうが良いかなって思ってたんだけど……でもお二方はずっと魔王城にいたのだから、もちろん考えているのよね?」


 と、笑顔で問いかけた。その笑顔は信頼しているからこそのものだろう。その顔を向けられたリッチーとヴァンパイアは無言でお互いの顔を見た。


「まさか……」

「そ、そういうセポ姉こそ少しくらいは何か考えているのか?」


 このヴァンパイアの返しに不意を食らったのか、少し驚きの表情を見せ彼女まで無言になる。

 気まずい沈黙が流れた。それを一番最初に破ったのはリッチーだった。


「ヴァンプ君とペルセポネ君がちゃんと考えてくれるだろうから……」


 次に、ヴァンパイアが口を開いた。


「リッチー様がいるし、セポ姉も考えてくれるだろうから……」


 最後に、ペルセポネだ。


「2人ともいるんだから絶対……」


 再び沈黙が流れ、今度は皆声を揃えて言った。


「「「ヨシ!!」」」

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