第25話 なぜ勇者の世界にある属性が規制されたのか
「そういえば、帰ってくるの遅いなぁ」
リッチーがぽつりと呟いた。どうやらお遣いを頼んだチビスケの帰ってくる気配が無いらしい。
「何のお遣いだったんですか?」
「シャリフとシャーロットのお給料を渡すため、彼らのもとに出向かせたんだよ」
「砂漠にですか?」
「いや、行き違いとかで出会えなかったらアレだからシャリフ達の許可を得て、直接彼らの家に置いてきて良いよって話にしておいたんだ。いくらなんでも遅すぎるよなぁ」
「心配ですね」
「そうだねぇ。2人分の給料ということで大金を持たせているから、何者かに襲われていなければいいんだけれども」
リッチーにしては珍しく声のトーンが沈んでいた。
「話変わりますがリッチー様、定時連絡が入りました」
「ん?」
「ペルセポネによりますと、新しく仲間に加わった魔法使いは非常に強力な炎の魔法を使い、勇者に対して重い愛を抱いているようです」
ヴァンパイアの報告にリッチーが思わず吹き出した。まさか色恋沙汰まで報告されるとは思っていなかったのだろう。勇者は知らず知らずにスキルを使い人を集めるが、どうにも集まってくるのはクセの強い人物ばかりである。しかし今回はソフィーも似たようなスキルを使っているのではないかとリッチーは言う。
「彼女はウィザードと呼ばれる部類の魔法使いかもね」
一概に『魔法使い』とは言っても、その呼び方は様々である。マジシャン、ソーサラー、メイジ、ウィッチ……。その中でもソフィーはウィザードにあたるという。もともとウィザードは『賢い』という意味を持つ言葉が語源になっているらしい。リッチーはとあるスキルを使うソフィーの事を賢い魔法使いだと考えたようである。
「して、そのスキルとは?」
「人間界の歓楽街で働く女性が使うスキル『ツンデレ』だ」
「それはスキルではなくただの性格なのでは」
女性が男性をヨイショする時、初めから称賛や賛美の言葉を並べてもそれを真に受ける男性は少ないだろう。むしろ、何かウラがあるのではないかと勘繰る人の方が多いかもしれない。しかし賢い女性はそのように最初からヨイショはしない。まずは落とすのだ。
リッチーが声を裏返して言った。
「あら、ヴァンパイア君じゃないの、久しぶり……って何そのマント、だっさ~い!」
これだけではこのような言葉を受けた男性はカチンとくるだろう。しかしその次に優しい言葉を付け足す事が重要だ。
「……だからヴァンパイア君に似合うマントを一緒に選びに行きましょ!」
これで男はイチコロだ。女性は男性を罵倒しつつも『寄り添っていますよ』という姿勢を見せるのがこのスキルのコツである。ただし、そのスキルを天然で使用する分には破壊力が大きいが、ソフィーのように賢い女性が狙って使うようだと、タチの悪いものも紛れ込んでいる可能性があるので注意が必要である。
ヴァンパイアは魔王たるものが人間の歓楽街でどれだけ遊んでいるのかと、不審な目を向けた。
「ところでこの世界にステータスの概念は無いという話を前にしましたが、属性という概念はたしかありましたよね?」
「あるよー。猫耳属性とか、おっぱい属性とか?」
「いえ……普通に炎とか、水とかです……その魔法使いは炎の魔法を放つと言っていましたが」
この世界には『4大元素』と『陰陽』の2つの分類、6種類の属性がある。4大元素系はヴァンパイアが話した炎、水に加えて地と風だ。そしてさらにそこに、陰陽系である光と闇が追加されるとリッチーが話した。
「実はあまりよく理解していないんですが、光属性と闇属性って定義があいまいじゃないですか? そもそも光と闇の攻撃ってなんだよっていう」
「あーヴァンプ君が知らないのも無理はないね。光属性はこの国では原則禁止だからさ。昔はあったんだけどね」
「原則禁止!? 何かあったのですか!?」
「うん。多くの人間が『光過敏性発作』を起こしたんだ」
「また訳の分からない単語が出てきたぞ……。まさか魔物が人間を大量虐殺した訳でもあるまい」
「嫌な事件だったね……」
「マジかよ」
人間には悲しい歴史があった。
かつて、人間は魔物からの襲撃に対して力の弱い者でも自衛ができるよう、人間側でも人工の魔物を作ろうとした。高名な研究者が集まり、どのような魔物を作り上げるか議論がなされた。当時から魔物には闇属性が多かったため相性の良い光属性の魔物の優先順位が高いという結論に至り、何度もトライアルアンドエラーを繰り返し開発が進められた。そのような人間の科学力を終結させた結果、光属性の人工魔物が誕生したのだ。しかしその人工魔物の誕生こそが、光属性の攻撃を原則禁止とさせる原因となってしまう。
魔物を完成させた人間はその性能、強さを試すべく魔物が出る街の外へと繰り出した。街では完成の噂が広がっており、我先に実験現場を見物しようと、多くのギャラリーが既に集まっている。そして研究者の目論見通り、天然の魔物と人工魔物が対峙することとなった。
先手を取ったのは人工魔物だった。強い光を放ったその場に、煙が立ち込める。やがて煙が晴れると、倒れていたのは人工魔物でも天然魔物でもなく、人間達だった。研究者、ギャラリー問わず多くの人間が横たわっていたのだ。その原因は光。魔物が発した強い光の激しい点滅を見た人間達が『光過敏性発作』を起こしたのである。
その後、医療関係者の尽力によって症状は重篤なものにならなかったものの、この事件を重く見た当時の国王が光属性の攻撃の使用を原則禁止とした。
「そんな過去があったのですね……それはたしかに禁止になっても仕方がないような」
リッチーが待ったをかけ、ヴァンパイアの言葉を正した。【原則】禁止、というだけであり、全く使ってはいけないわけではないのだという。
「うん。ただし、条件があるけどね」
「その条件とは?」
「使用する前に必ず『光属性の攻撃を見るときは、明るいところで離れて見るようにしてください』って注意喚起をしなければならない」
「は……?」
「まぁ戦闘中にそんなことやってられないから、光属性の攻撃を使う人間はいなくなり自然と廃れていっちゃったんだけどねぇ」
いつも通りケタケタ笑うリッチーと理解が追い付かないヴァンパイアの構図がそこにある。
「ま、本当は人工魔物が発した光属性の攻撃が原因じゃなくて、天然魔物が発した雷の攻撃が原因だったんだけどねぇ」
腑に落ちない部分はあったものの、ヴァンパイアは無理やり理解を示したようだった。
「ところで勇者の新しい仲間は強力な炎の魔法を使うとペルセポネは言っていました。ということはその女の子は炎属性ということで間違いないでしょうか」
「え? いや、その子はやみ属性でしょ」
「そうですよね。ということは勇者らが攻めてきた時、攻略しやすいように炎属性にとって相性が良い風属性で待ち構えるのが……って、え!? 闇属性ですか!?」
リッチーは無言で数回軽く、頭を上下させた。次第に上手くなっていくヴァンパイアのツッコミに感心したのだろう。
「どう考えたって炎属性だと思いますが……」
「どう考えてもやみ属性だと思うんだけど……」
「リッチー様が闇属性だと考えるその根拠を教えてもらってもいいですか?」
「だってさ、勇者の事が好きすぎて重いんでしょ? 隣にいるのが私じゃなきゃ殺してやる! くらいのことを言ってるんでしょ?」
「そうですけど、それが何か……」
長い間沈黙が流れる。そして急に、何かを閃いたようにヴァンパイアが大声をあげた。
「……病み属性か!」
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