脱出1
「クレ……ア?」
アスティンは呆然と呟いた。確かに、彼の最愛の妹の生命の燈は、目の前で消え去った――筈だった。
しかし、今彼女は己の目の前に立っていて、目を開き、呼吸をしている。
「クレアっ!?」
半ば無意識に駆け寄ると、クレアを強く抱きしめた。
「にぃ……さま……?」
未だぼんやりとしたクレアが呟く。
「お兄様!!」
クレアの腕がアスティンの背中に廻り、瞳から雫が零れ落ちる。
アスティンの頭の中は飽和状態で、もう、何がなんだかわからなくて。
それでも、彼の愛しい妹はこの腕の中に居て、呼吸をして、自分を呼んでいるのだ。
それだけは確かだった。
「……あ~……感動の再開中悪いんだが、そろそろ此処から出るぞ」
全く悪いと思っていない、寧ろ面倒臭そうな声が彼らの意識を呼び戻す。
「……何?」
アスティンが険呑に睨みつけるが、男は全く気にせずに続ける。
「そろそろこの空間が崩れ落ちる頃だ。今脱出しなけりゃ一生この中に閉じ込められるぞ」
「何だって?!」
「おおっ!!死者を甦らせるとはっ!!流石は邪神だっ!!その力があれば不老不死も夢ではないっ!!」
アスティンの声に、ヒトリーの声が重なる。
「おいお前らも。早く脱出しねぇと、一生出られなくなんぞ。――因みに閉じ込められるってのは、肉体が朽ち果てた後も生まれ変わる事も出来ずに魂が捕らわれ続けるって事だ」
「なっ……!!」
男の言葉に、その場に居たオストロ以外の人間が驚愕の声を上げる。
「何だって?!それはどういうことだ!!」
「だから言葉の通りだって。今言ったろうが頭わりいなぁ」
「何だと!?」
片手で耳を塞ぎながら、片手をアスティン達に向ける。
「……という訳で、出るぞ」
「待てっ!!邪神よ!!貴様を甦らせたのは私だぞ!!貴様は私に従属すべきであろう!!」
己に背を向けた「邪神」に、ヒトリーが慌てて声を掛ける。
「だから、頼んでねぇって」
厭そうに吐き捨てる男に、ヒトリーは尚も叫び続ける。
「ま、待てっ!!我々を置いていくつもりかっ!!」
最早血の気も消え失せたヒトリーに、男は無情にも言ってのけた。
「入れたんなら、出られるだろ。自分らで何とかしろ。面倒くせぇ」
未だ何事かを叫び続けるヒトリーを無視し、再び腕を上げ――そしてふと思い出したかのようにクレアに向き直る。
「おい。此処を出る時の事だが、さっき言ったと思うが、構わないんだな」
クレアは何の事だか分からず小首を傾げ――そして思い出したのか、確りと頷いた」
「はい。何も恐れる事などありません。――貴方と一緒なら」
先程と同じ応えを聴き、男の口唇が上がる。
「そうか。なら脱出するぞ」
そう言いながらも、男は名残を惜しむように振り返る。
「……グリード様」
「分かってるっての。流石にこの空間じゃ安眠出来ねぇしな」
呆れた様に名前を呼ばれ、男は溜息を吐くと、今度こそ魔法を発動させる。
魔力が男達を包み込むのを確認すると、男はクレアに向き合い、その額に手を翳した。
「――ああ、言い忘れていたが」
「はい?」
「繋ぐ時、かなり痛ぇぞ」
「え……きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ」
クレアが小首を傾げた瞬間その愛らしい顔が苦痛に歪み、クレアの絶叫が響いた。
「「クレア!?」」
「グリード様……」
「貴様っ!!クレアに何をしたっ!!」
アスティンとフランツの驚きの声、オストロの呆れ混じりの責めの声、そしてアスティンが男に掴みかかる声を最後に、彼等はその空間から姿を消した。
アスティアの翼 水瀬紫音 @shi-0n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。アスティアの翼の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます