クレアの死2

クレアを眠らせた後、ローブの男の力でヒトリーと呼ばれた男と、彼の配下の兵士全てを地下神殿にまで運んだ。

「おおっ!!此処が!!」

 カビ臭さが鼻孔を擽り、彼等の動きに合わせて埃が舞う。重厚で濃厚な空気、壁に描かれた緻密で繊細な模様。その全てが禍々しく、そして何処か神秘的で。ヒトリーは感動に内震えていた。

「……っ!!」

 その視界の端で、ローブの男が膝を付く。

「む、如何した?」

「――いいえ。此処は邪神の力に満ち溢れた地……幾ら邪神の神子がこの手にあるとはいえ、流石に力を使い過ぎた様です……」

 何時も自信に満ち溢れた男の声は今は力なく、男の言葉を肯定するかのようでもあった。

「申し訳、御座いません。このような邪神の力に満ち溢れた地では魔力の回復も見込めぬ……このままでは足手まといになる故、私は一度退散致します」

「むむ……そうか……」

 男の言葉に、ヒトリーは不安そうな顔をする。

 ――当然だ。此処まで全て、このローブの男がおぜん立てをしてきたのだ。神子を見つけ、攫い、更にこうして邪神教徒のアジトにまで連れて来てくれた。

 全てはこの男の頭の中に在り、自分達にとっては全てが未知の世界である。加えて、この男以外に魔法を使える者が無く、もしこの中に魔法を使った邪悪な罠が存在していたとしたら、自分達に対抗する力などない。

 そんなヒトリーの不安を感じ取ったのか、男はうっすらと笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。その娘は此処の鍵であり、盾です。全ての扉はその娘の手で開き、その娘が傍に居る以上、貴方がたに危害を加えるものなどない」

「そ、そうか!」

「ええ。もし閉ざされた扉があれば、その娘に触れさせなさい。……そして、神殿の奥深く、祭壇の下に貴方の求める邪神は眠っている。ですから、その祭壇の上でその娘の血を流すのです。そうすれば、その娘を贄に邪神は復活するでしょう」

「わ、分かった。ここまで御苦労であった」

「……ええ。私も邪神復活の場に立ち会えないのは残念で仕方がありませんが、致し方ありません。……では、失礼いたします。」

 辞去の言と共に、男はすうっと消えていった。


「不気味な、男です」

 男が消えた場所を見つめながら、兵の一人がぽつりと呟いた。

「ああ。なにやら得体の知れぬ男よ……だが、実力は確かだし、何より今私達は此処にいるのだ。奴がいなければ、我等はこの場所を発見するどころか、蛮族共を見つける事すら出来なかったであろう」

 得体の知れぬ不気味さを感じながらも、それでも彼等は奥へと進んでいった。

 ――伝説の、邪神の力を手にする為に。


 ※ ※ ※


「……くっ!!忌々しい。この程度で音を上げるとは……」

 折角、目の前に絶好の機会が訪れたというのにこの体たらくだ。本来の自分であれば、この程度の事でこんなにも無様な姿を晒す事はなかった。

 しかし、今は力の一部ですら使えず、その上アストールと彼の妹の力、そして代々の神子の力も加わり、この寄り代に身をやつした状態では、ここまでが精いっぱいだったのだ。

「出来れば彼の最後を見届けたかったが……まあ、いい。おぜん立ては済んだ。最悪、彼の力を殺ぐこと位は出来るだろうさ」

 ここまでおぜん立てをしてやったのだ。あの醜い人間共は忌々しい神子を殺し、そして彼女の血で穢れた「彼」は完全なる姿では甦る事はないだろう。

 アストールの末裔であり、「彼女」の力の一部を継承する神子さえいなければ、「彼」は再び眠りに就く事も出来ず、致命傷さえ与えてしまえば、後は消滅するしかないのだ。

「……悪いね。グリード。君に恨みはないけれど、それでも君が悪いのだよ?醜い人間を庇ってばかりいるのだから……」

 何処か懐かしげに、そして苦しそうに呟いたかと思うと、男はすうっと消えていった。


 

 ※ ※ ※


 どれだけ歩いただろうか。幸い「罠」と呼べるようなものに遭遇する事もなく、道に迷う事もなく順調に歩みを進めていたのだが、重厚な扉が彼らの道を塞いでいた。。

「む、扉が……」

「この娘に触れさせろと言っておりましたね」

「試してみろ」

 肩に担いでいたクレアを床に落とすと、髪を掴み、ぐいっと顔を上げさせ、頬を扉に擦りつける様にして押しつけた。

 一拍の後、扉が光ったかと思うと、ごごご、と重たい音をさせ扉が開いた。

「おおっ!!」

 ヒトリーは歓喜にうち震えた。

 扉の向こうには、回廊と同じく精緻な作りをした祭壇があり、今までの埃っぽさやカビ臭さはなりを顰め、只神聖な空気だけがそこにあった。

「ここが、祭壇か……」

 そのあまりの美しさに見惚れていたヒトリーであったが、己の目的を思い出し、慌ててクレアを祭壇へ運ばせた。

「ああ……やっとこの時がきたのだな……」

 これが己の野望への第一歩。永遠の命を!巨額の富を!この世界の全てを!

 クレアを祭壇へと寝かせ、部下から綺羅綺羅しく飾り立てられた剣を受け取ると、万感の思いを込め、ゆっくりと、しかし迷うことなく剣を振り下ろした。

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