クレアの死1

 泣き叫ぶ子供達を魔法で送り届けると、クレアは目の前の男達を睨めつけた。

 清浄で濃密な魔力の満ち溢れた聖域や神殿であれば、移動の魔法でモノを送る事は出来るが、送る側である自らがその陣に乗る事は出来ない。しかし、最初から子供達だけでも送って居ればと悔恨の念を抱かずにはいられない。

 ――己の判断の甘さが腹立たしくて仕方がない。

 

 クレアはすぅと息を吐いた。

 「アストールの末裔」「今代の神子」彼はそう言った。つまり、巷で流布されている愚かしい噂話ではなく、正しい情報を知っているのだ。

 自分を下卑た眼で見ている男達は視界にも納めない。――話すべきは、彼だ。

「……ふぅん……そうしていると――に似ているな……」

 呟かれた言葉はあまりにも小さく、欠片だけしかクレアには届かなかった。

 ――似ている?誰に?まさか、お母様に!?

 数年前、帝国の連中に殺された母を思い出す。まさか、目の前の彼が母の仇なのだろうか?

 しかし、混乱を極めるクレアの内心を知ってか知らずか、男はじろじろとクレアの観察を続けている。

「成程。アストールの力の断片を感じる。それに、彼女のも……。清浄で濃密な魔力……異常なほどの容量……成程、矢張り神子とは忌々しいものだな」

 彼の独白は続く。その隙に、クレアも負けじと彼を観察する。

 とはいっても、大きなローブで隠れている為、顔は分からない。体格までも見事に隠れてしまっているが、ローブからちらりとみえる白くてほっそりとした手から、細身なのだろうと予測出来る。

 視覚以外の要素といえば、思わず聞き惚れてしまうほどの美声である。声は意外と若く、青年――未だ20代くらいだろうか?

 そして何よりも異常なのが、気配がないという事だった。

 こうして手が触れそうな程近くに居るのに、まるで気配を感じない。なのに、その身から極稀にだが、濃密な魔力が溢れ出ているのだ。この魔力は、恐らくクレアやオストロ以上のものだ。それを意図的になのか完璧に隠し遂せているのだから、警戒するなという方が難しい。

 お互いに声もなく見つめ合って数分、ふと男が笑声を漏らすと、クレアに親しげに話しかけて来た。

「そう警戒しないでくれないか?アストールの末裔。私達は君に頼みがあってこうして捜していたんだよ――もっというなら、君の中に流れる精霊王の血に、ね」

 ぞわり、と背筋を何かが駆け抜けた。これは警鐘だ。今すぐにこの男から離れなければ。

 ざり、と一歩後ずさると、周りに控えていた男達がクレアを取り囲んだ。

「おっと、逃げようなんて思わねぇこと――っ!?」

 クレアの腕に触れようとした男が、何かに弾かれた様に手を離した。

「な、なんだ今のは?!」

 男の狼狽にクレアは少しだけ冷静さを取り戻した。そうだ。自分には未だ結界が残っている。増援がくるまで持ちこたえられれば――あるいは、目の前のローブの男の隙をついて目くらましの魔法を使い逃げ切ればよいのだ。

「無駄です。私の結界を、貴方がたは破れない。私を強制的に連れて行くどころか、私に触れる事すら敵いません」

 凛とした声に、男達はたじろぐ。しかし、年端もいかぬ少女に気圧されてしまった事が気に食わぬのか、男達は一斉に剣を抜いた。

「う、うるせぇ!!こんなもん!!」

 思い切りクレアに切りかかるが、男達の剣はクレアの結界に弾かれ、彼女に届く事はない。弓で射てみても同じだった。

 魔法に馴染みのない男達は得体のしれない娘に恐怖さえ覚え、更に攻撃力を増していくが、クレアの髪の毛一本すら触れる事は出来なかった。


「……醜いな……」

 どれほどそうしていただろうか。ふと天上の音色がポツリと落された。

「全く……人間とはどうしてこうも醜いものなのか……何故こんなものを彼等が……」

 ぶつぶつと呟きながら、ローブの男がクレアへと近付いて来る。いつしか男達の剣戟も止み、彼の為に道が開かれていた。

「アストールの末裔。私は野蛮な事は嫌いなんだよ。だから、快く協力をしてくれるとたすかるのだが?」

 それは依頼に見せかけた強制。まるで断られる事を考えていない様な――従わせる事になれた命令だった。

「お断り、しますっ!!私はグラティア族を護る神子っ!悪しき考えを持つ者を民に近付ける訳にはっ……!!」

 最後まで、言い切る事は出来なかった。無造作に上げられた手から「何か」が発せられ、何物にも傷つけること叶わなかったクレアの結界が容易く剥がれ落ちたのだ。

「っ!!そんなっ!!」

 真っ青になったクレアに頓着することなく、ローブの男はクレアに手を伸ばす。

「流石はアストールの末裔、と言いたいところだが、所詮は人間。我等にとっては赤子の手を捻るに等しい」

 そう耳元で囁かれたのを最後に、クレアの意識は遠のいていった。



「おおっ!!蛮族の娘を捕らえたかっ!!」

 意識の無いクレアを腕の中に収めて暫し、耳障りな声が辺りに響いた。

「ヒトリー様。ええ。この娘こそ貴方の探し求めていた邪神の神子。この娘を使えば邪神は目覚め、世界は貴方の思うままですよ」

「おおっ!!良くやったぞ。全てが終わった暁には、望みの褒美をとらせようぞ」

「有り難き幸せに御座います」

 でっぷりとした腹や顎をゆさゆさと揺らし満足げに嗤う男は、ローブの中から虫けらを見る様な眼で見られている事に気付いていなかった。


「では、参りましょう。私の魔法で邪神の元までお送りいたしますよ」

「おお!その様なことまで!!」

「ええ。今までは結界に邪魔をされておりましたが、この娘がいればそれも容易い」

 そういうと、周りに居た帝国の人間全てを魔力で包むと、永年神秘のヴェールで包まれていた神聖な場所へと向かった。

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