選択と、決断4

「クレアが?!」


「はい。村の外れまで出てしまった子供達を探しに行かれました」


「何故止めない?!クレアは神子だぞ!!クレアにもしもの事があったら、それこそ取り返しがつかない!!」


 激昂するアスティンを前に、オストロは淡々と続ける。


「……それでは、子供達は見殺しにしろと?」


「……何だって?!」


「……戦士達が全てで払っている今、現状で打てる最も最善な手であると私は思います」


「しかしっ!!」


「闘うのではない。只、彼らの眼をごまかせれば良い……で、あれば、最も魔法に長け、小精霊達の声も聞けるクレア様以外にこの事態を収拾できる物は居ない」


 ぐっと声を詰まらせるアスティンに、オストロは苦虫を噛み潰したような顔で続けた。


「それに……アスティン様には未だ話しておりませんでしたが……此処最近、奴等の動きが少々変わってきておりまして」


「……なに?」


「どうやら奴等は、グラティアの女を攫い、子を産ませようとしている模様……」


「なん……だと?」


「あのままリリエットを行かせていれば、間違いなくリリエットは犯され孕まされ――そしてフランツの様な子供が産まれてしまう」


 はっと目を見開く。


「それでもフランツは、この村で生まれ育ったからまだ良いが……実際に奴らに捕らわれてしまえば、使用人として使われるか、奴隷として所持されるか……どちらにせよ、人としてではなく道具の様に扱われる事は間違いない。……それどころか、より良い魔石を作る為、場合によっては解剖され、その血肉を使用される可能性だってあるのです」


 あのまま放置していれば、フェッリ達もそうなっていたかもしれない。言外にそう告げられ、アスティンは二の句が告げられなかった。


「クレア様の報告を待ちましょう。それが今我々にできる事です」


「……ああ……っ!!」


 皮膚を破らんばかりに強く拳を握りしめる。帝国の奴等は、どれだけ自分達を虚仮にすれば気が済むのだろうか。


 逃げる事しか出来ぬ現状が口惜しい。しかし、村人を護る為には、そうする事しか出来ない事も事実なのだ。




 声をかけようとオストロが口を開いた瞬間、アスティンの指に嵌まっていた指輪が強く輝いた。


「な……何だ?!」


 戸惑うアスティンの指を見つめ、オストロはぽつりと呟いた。


「……そうか……逝かれたか……」


「――何を――」


 問いかけようとした瞬間、アスティンを呼ぶ野太い声が聞こえた。


「アスティン!!大変だ!!族長が!!」


 その瞬間、目の前が真っ白に染まった。






「う……嘘だ……」


 ふらりと身体が傾ぐ。だが、それを咎める者は此処には居なかった。皆、同じ気持ちだったのだ。


「ち……父上が……亡くなった、だと?!」


「間違いなく」


「馬鹿を言うな!!父上はグラティア一の戦士だぞ!!そんな――帝国の連中なんかに後れを取るなど――」


「ですが、その指輪が全てを物語っております。その次期を示す指輪は、族長の代替わりと共に台座に宝玉が埋め込まれる……。当代のダリエス殿が亡くなり、貴方が現在の族長と成られた証です」


「そ……んな……」




 これは、なんだ?これは一体何なのだ?


 クレアが危機に晒され、父が亡くなり――


 何故こうも悪い事ばかりが続くのだろうか。




 前回の託宣では、神はこの様な事は仰ってはおられなかった。クレアの事も、父の死も――


 全てが悪夢の中に居る様だった。






 ダリエスが死んだ。それは確かに衝撃だったし、話を聞く限り、彼のとった行動は「最善」とまではいかずとも、確かに正しいと思える。しかし、彼らしくない行動だと思わなくもなかった。


 ダリエスならば、敵を蹴散らし仲間達を村へと連れ帰る事くらい出来るだろう。


 ふと思いだすのはあの日の事。


 自分が当代神子の死を告げられたあの日、ダリエスは彼らしくもなく呆然自失としていたではないか。


 ――まさか、何か余計な事でも言われたのか……?


 彼が自ら死を選ぶような何かを言われたのでは、と思ったのだが、告げられた本人が居ないのでは確かめる術もない。




 ――クレア様……




 『あの少女は間もなく死ぬ』




 それが今事の時なのだろうか。では、自分は一体どうすべきなのだろう。彼女がいなければ「彼」の復活は成らぬだろう。


 彼女を護る為に戦士を総動員させる?しかしそうなっては帝国のとの全面戦争は避けられぬ。下手をすれば、周辺諸国を巻き込みかねない。


 悠久の記憶があったとて、それを上手く利用できなければ意味はない。オストロは歯噛みをする思いだった。




 ――しかし。


「――っ!!」


 その瞬間、有り得ない事が起こった。


「結界が!!」


「オストロ様?」


「結界が、破られました」


「何だって?!」


「ソレは一体どういう――」




 有り得ない。それは誰よりもオストロがよく分かって居た。


 「彼女」が命がけでかけた「呪い」を「彼」が命がけで護り、そして代々神子がその番をしてきたのだ。こんな事が起こりえる筈がない。




 ――それでも、全てがオストロに「有り得ない事実」を突き付けてくる。


「……アスティン様、禁域に侵入者です」


「何だって?!」




 驚愕に眼を見開きオストロを見ると、その瞳が雄弁に語りかけて来た。




 ――さぁ、どうする?




 族長の死。神子の危機。禁域への族の侵入――


 有り得ない事態が続き、混乱を極めるこの状況で、それでもオストロは自分に――族長たる自分に選択を強いているのだ。




 世界が真っ暗闇に閉ざされ、自分の鼓動の音だけがやけに大きく響いていた。


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