選択と、決断3


「そ……んな……」


 驚愕に眼を見開く少年を、覚めた目で見下ろす。


「ではっ……!それが真実なら、今まで僕達が信じてきた事は一体っ!!」


「落ち着きなさい。クルト。オストロたるもの、その程度の事で動揺してはならぬ」


「ですがっ!おじい様!!」


 恐慌状態に陥る少年を、オストロは冷静に諭す。


「良いですか、クルト。今私が語った話は、真実の極一部。お前は何れ、全てのオストロの記憶を継ぐのです……その程度で取り乱してどうします」


 はっと目を見開いた少年に、老人は尚も畳み掛ける。


「この先、アスティン様やクレア様……そして、グラティアの民全てに厄災が訪れる事でしょう。その時、導と成るのは先人たちの記憶。ねじ曲げられた偽りの真実しか知らぬ者達では、生き延びる事すら出来はしない」


「ならば……なぜ……」


 淡々と語る老人の耳に、涙交じりの声が届く。


「何故、情報を正さなかったのです?何故……偽りを真実としたままにしておいたのですか……知らなければ、僕だって……」


 混乱しているのだろう。気持ちは分かる。かつての自分とてそうだったのだから。


「虚偽を真実としたのは、目くらましの為。お前にも――オストロにも偽りを信じ込ませるのは、周りとの差異を作らぬ為。そして、オストロの継承前にこうして真実を語るのは、そうして皆の前で取り乱さぬ為……今の、お前のようにね」


 恥じるようにかっと頬を赤らめた少年をひたとみつめ、オストロは尚も語り続ける。


「詳しくは……記憶を継げば、分かる事。しかし、オストロの記憶の中には、他者に……族長や神子にすら漏らしてはいけない秘密というものもある……そうやって、取り乱して他者に漏らさぬよう、ある程度の知識を前もって与えておくのです」


 この幼い少年には、重たすぎる荷物であろう。しかし、それでも次代のオストロはこの少年しかおらず、そして彼が充分に成長するまで待っていられる時間もない。


「……アスティン様が戻られたようですね。クレア様の事を伝え、今後の指示を仰ぎましょう。クルト、お前はもう少し此処にいて、気持ちの整理をつけてから来なさい」


「……はい。おじい様」


 真っ青を通り越して真っ白な顔色になった少年を見つめ、オストロは緩やかに踵を返した。




 ――賽は投げられた。後は転がり堕ちるしかない。再び動き出した運命の歯車を止める事は、最早神にすら出来ないのだから……






 ※ ※ ※




「なぁっ!本当にいいのかよ?」


「いいんだよ!あんなのろましるかよ!!」


 後ろをちらちらと気にする仲間を睨み、少年はずんずんと進む。


 全く、女という者はどうしてこうも煩いものなのか。姉は外へ出るなと煩いし、一緒に遊んでいた少女も、村へ戻ろうと煩くなってきたので途中で置いてきた。「危ないから外へ出てはいけない」など、戦士の言葉ではない。


「フェッリ」


「わぁぁぁ!!」


 考え事をしていた所為か、後ろに自分達以外の存在が近付いていた事に気付かなかった。


「くっ……クレア様!!」


「今は外へ出てはいけないと族長様に言われていた筈。勇敢な戦士は外敵を恐れはしないけれど、勇気と無謀を履き違えてはいけないわ。族長の命を聴けない者は、戦士としての資格もないという事を、当然貴方達は知っている筈ね?」


「はい……クレア様……」


 しゅんと項垂れる子供達を優しく見つめ、クレアは帰宅を促した。


「2……4,5……村を抜け出した子はこれで全員?」


「あっ……ネルが……」


「ネル?」


「外に出るの嫌がったから、途中で分かれたんだ。だからもう村に戻ってると思う」


「分かったわ。取り敢えず、帰りましょう。ネルの気配は一応探っておくから……っ!!」


 瞬間、小精霊達がざわめいた。危険だとしきりに警告を発してくる。


「皆、固まって。私の傍を離れてはいけないわ」


 普段は温和な神子の硬い声に、少年達は不安そうに見上げてくる。


 クレアは安心させるように微笑むと、結界を展開させる。先ずは、外敵から守る結界を。次いで、姿が見えなくなるような結界を。


「見つけたぞっ!!」


 耳障りな声が聞こえてきたのは、丁度結界を張り終わった瞬間だった。間一髪間に合ったと溜息を漏らすが、どうやら安心も出来ないらしい。


「何処だっ!?さっきまでそこに居たんだっ!!」


「矢を放てっ!!あいつらはあやしい術をつかうっ!!確かあの辺りだった筈だっ!!」


 数人が一斉にクレア達めがけて矢を放つ。標的が見えない所為かクレアの張った結界に当たる事はなかったが、如何せん数が多い。偶然、彼らの放った矢が1つだけ結界をかすめてしまった。


 急に軌道の変わった矢を、彼等は見逃さなかった。


「あそこだっ!!撃てーーーーーーーっ!!」


 男の叫びと同時に、クレア達めがけて一斉に矢が放たれる。矢は結界によって防がれはしたものの、何もない筈の所で弾かれる矢を見て、おかしいと思わない者等いない。


 じりじりと距離を詰めてくる男達に、少年達がガタガタと震える。大丈夫だとでもいうようにぎゅっと彼らを抱きしめ、クレアは前を睨めつけた。


「そこに居るのは分かっているっ!!姿を現せっ!!」


 矢を放つ者、剣でガンガンと叩きつけてくる者。既にこの場に居る事知られてしまっているが、姿は見せぬ方がよいだろう。しかし、姿が見えぬからこそ恐怖は増すものだ。もういっそ、姿を見せたうえで会話をしてみるべきか。この場に居る者が女子供だと分かれば、彼等も油断するかもしれない。


 徐々に増えつつある敵を前にクレアが思案していると、聞き覚えのある泣き声が聞こえた。


「蛮族の子供を捕らえましたっ!!」


「よしっ!これで手土産が出来たっ!!一度帰還するぞっ!!」


「いや、そこに居るのが誰なのか、確認をした方がいい。これだけの妖しの術を使う者だっ。ヒトリー様の捜されている者かもしれん」


「その通りだよ」


 良く通る声が、男達をしんと静まりかえらせた。


「この気配……間違いない。其処にいる彼女が君達の捜し物だ」


 思わず聞き惚れる程の美しい声。フードを被って居て顔は見えないが、彼がこの場を支配している事だけは間違いなかった。


「さて、姿を見せて貰えるね?アストールの末裔。今代の神子」


 さぁっと血の気が抜けていく。彼が何者なのかは知らないが、クレアの正体迄見破られている。


 ごくりと唾を飲み込むと、目くらましの結界のみを外し、クレアは姿を現した。


「おんな?」


「女だと?」


 男達が再びざわめく。しかしクレアの美しい容貌を目にした男達は、その瞳に欲を移し、舐めるようにクレアを観察し始めた。


 その視線が気持ち悪い。しかし、此方から声を発し、彼らを喜ばせる事もしたくない。話すべきは、自分の事を知って居たあの男か。


 フードを被っている男を睨め付けていると、男が妙に親しげに話しかけてきた。


「さて。アストールの末裔。私達は、君に用がある。君が言う事を聞いてくれるのなら、そこの子供達は帰してしまってもかまわないのだが?」


「……それを、誰が信じると?それに、私には結界がある。貴方がたは誰ひとりとして私達に傷一つ負わせられなかった。……貴女の要求を聞かずとも、このままやり過ごすことだって出来るわ」


「根競べという訳か。それまで君の魔力が持つかな?それに……君の庇護下にあるその子供達は兎も角、此方の手のうちにある子供はどうするんだろうね?」


 はっと目を見開く。彼らの薄汚い手の中に、幼い少女の命が握られているのだ。


「クレアさまぁ!!クレア様ぁ!!」


「煩い!!」


 ぼろぼろと泣きじゃくる少女に眉を顰め、帝国の男は少女の髪を乱暴に掴むと、そのまま地面に打ち付けた。


「やめて!!」


 悲鳴のような声を上げたクレアに気を良くしたのか、帝国の男は再び少女を強かに打ち付け、その愛らしい顔を足で踏みつける。


「さて、お嬢さん?どうやら俺達には君が必要らしいのだが、此方に来て頂けないだろうか?そうしたらこの子供を返してあげてもいいが?」


 そう言いながらぐりぐりと少女の顔を踏みつける。打ちどころが悪かったのか、少女はぐったりとしており、息をしているかも怪しい。


「分かったわ。貴方がたの要求を受け入れます。だからその子を離して下さい」


「……醜いな。人間は。何故こんな下等で下劣な者を護ろうとするのか……」


 フードの男がぽつりと呟く。しかしそれに構っている暇はない。子供達を結界の中に残すと、クレアは少女を引きとり、慌てて治癒魔法を施す。


 呼吸が緩やかになった事を確認すると、ほっと吐息を漏らし、少女を結界まで運んだ。


「フェッリ。この事を、お兄様に伝えて」


「クレア様っ!!」


 安心させるように微笑むと、クレアは振り返り、男達と対峙した。


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