継ぐ者たち

 昔々、私達のおじいさんのおじいさんの、更におじいさんが産まれるよりももっとずうっと昔のお話です。


 神様は自らの力を使い、「世界」を造られました。


 そして、ふぅっと息を吹くと、神――父神様は自らの一部を使って自らと同じ姿をした存在を作られました。


 そうして造られた我が子に、この「世界」を安定させるようにお命じになられました。これが、空神さまと海神さまです。

 


 次に神様は、その「世界」の一部を使い、様々な生命を生み出されました。


 四足で歩くもの、翅の生えたもの、身体の一部が長いもの……


 やがてその「世界」には、様々な姿をした多くの生き物で溢れてしまいました。


 父神様は血を一滴流し、その血から再び子を造ると、沢山増えてしまった生き物達をまとめる様に命じられました。



 この神様は、後にに生命の神様と呼ばれる様になりました。



 海神様と空神様が世界を安定させます。


 そして、その安定した世界の中で暮らす生き物達を、生命の神様がまとめあげておりました。


 それを見た父神様は目を1つ取り出すと再び神様を造り上げ、世界のバランスを司るように言いつけました。



 けれども、大きすぎる力や増えすぎた命は神々だけでは到底手が回らず、見かねた父神様は、神々を補佐させる存在を造り上げました。


 それが精霊様方です。


 土から大地の精霊を、海の水を掬い水の精霊を、といったように、世界を安定させる為に精霊を生み出していきました。


 そうして、世界は正常に廻る様になったのです。


 


 そうして世界が順調に廻り始めた事を見届けると、世界のバランスを司る「運命の神様」に自分の代わりにこの世界を見届ける様に言いつけ、父神様は何処かへと消えてしまわれました。




 そうしてどれ位の時間が経った頃でしょうか。


 神々は、父神様の真似をして「世界」を造ろうと言いだしました。


 神々は力を合わせ、「世界」を造り上げ、其処に生きる植物や生き物を造り上げました。


 しかしその「世界」は、神々の生きる「世界」とは似て非なるものとなってしまったのです。


 でも、それも当然かもしれません。神々や精霊は父神が造られた尊き存在です。いくら神々でも、自らと同じ存在を造り出すことは出来なかったのです。


 神々が造り上げた世界に存在する生命はとても弱く、なかなか安定することはありませんでした。


 そしてその維持の為に神々も度々「世界」に姿を現す様になりました。


 いつしか神々の住まう「世界」を天上、神々の造り上げたこの「世界」を地上と呼ぶようになり、数名の精霊を残し、神々は天上へと還られてしまわれたのです。



 ※ ※ ※


「残られた精霊の中には、当然大地の精霊であるアストール様もおられました」

 少女の澄んだ声が届く。優しく微笑みながら語る物語に、幼い子供達は大人しく聞き入って居る。

 少女の柔らかい声は心地よく、耳に良く馴染む。声質なのか話し方なのか――それは子守唄の様に心穏やかにさせるのだ。

「やがて人間の中に神子と呼ばれる者達が現れ……」

 その様子を微笑ましげに見ていた老人の視線に気付き、少女は一瞬言葉を詰まらせるも、視線だけで続ける様に促すと、僅かに頷き再び語り始めた。

 幼い子供達の中に己の孫の姿を見つけ、更に笑みを深くする。

 子供達は可愛い。村の人間も等しく愛おしく思う。しかし、矢張り己の血を分けた肉親というものは違うのか、その想いも愛おしさもより深いものだ。

「そうしてティア様とアストール様は出会われたのです」

 ふと気が付くと、随分と物語は進んでいる様だった。その物語の真実を覚えているものは、後どのくらい残っているのだろうか――

 胸に僅かな寂寥感と、そしてなんとも複雑な感情が渦巻く。

「そうして魔王を倒す為に、アストール様が立ちあがられたのです」

 「おおっ」と少年達の瞳が輝き始めた。男の子はこう言った冒険譚が大好きだ。逆に少女達は、この後の恋物語に頬を染めるのだろう。

「……さ、今日はここでお終い。皆、そろそろお父様達が戻られる頃ですよ。お手伝いをしてあげて下さいね」

 少女の言葉にぶうぶうと文句が零れる。

「なんで~!!」

「今すっごくいいところだったのに~!!」

「魔王は~!?まおうは~!?」

「クレア様っ!!続き、続きっ!!」

「駄目ですよ。お父様達が戻って来られたら、そろそろお夕食の準備をしなければなりません。収穫の仕分けもあります。お手伝いをしない子は、立派な戦士に成れませんよ」

 少女が子供達を宥め解散させる姿を見て、上手いものだと感嘆の吐息を漏らす。

 物語を読み聞かせる事で、「神話」や部族の成り立ちについての勉強をさせるのだ。しかし、大人しく座って話を聞く事が苦手な子供も多い。

 だが、物語の続きが知りたければ、当然明日も来るだろう。そうして先ずは話を聞かせる事から始め、そして徐々に習慣付けていく。子供たちに慕われている少女だからこそ出来る事なのかもしれないが、この歳でそれが出来ると言うのも大したものだ。


 やがて子供達が家路に着くと、残されたのは少女、老人、そしてその孫の3人だけになってしまった。

「オストロ様っ、何時から聞いていらしたのですか?」

 少女――クレアが恨めしげに見上げると、老人は好々爺然として微笑む。

「いやぁ、クレア様のお話に引き込まれてしまいまして……して、続きはどうなるのですかな?」

「オストロ様っ!!」

 明らかな揄いの言葉に、クレアは頬を膨らませて抗議する。そういう仕草はまだまだ子供のようだなと、微笑ましく思う。

「全てを記憶するオストロ様にお聞かせする様な内容は御座いません!……それに、クルトだって……」

 ちらりと困ったように少年を見やると、老人は柔らかく微笑んだ。

「クレア様、確かにクルトは何れ全ての記憶を引き継ぐ。その為に、貴女様や族長ですら知らない知識も与える事と成りましょう。……ですが、それは今すぐの事ではない。今必要なのは、クルトとしての記憶と思い出……。他の子達と同じように学ぶ事が大切なのです」

 そう言って少年の頭を優しく撫でると、身の置き場が無い、と言う様におろおろとしていた少年がはにかむ様な笑顔を浮かべた。


 ――そう、この少年は、幼くして自分の後を継がなければならない。自分の寿命が後どれほど残っているのかは分からない。あと数十年は生きるかも知れないし、明日にでも命が尽き果ててしまうのかもしれない。この子が成人するまで待つことが出来れば良いのだが、下手をすれば成人を迎える前に後を継ぐ事になるかもしれないのだ。

 その時、屹度この幼い少年は大き過ぎる記憶の奔流に押しつぶされ、「己」というものが消え失せてしまうかもしれない。そうして己を見失った「オストロ」達が居る事を、自分は知っている。だからこそ、積み重ねてきた「記憶」に飲み込まれない様に、今のうちに「クルト」という「自分」を確立させなければならないのだ。



 ――オストロ。

 それは、古よりの記憶を継ぎし者の名前。古くからは神々がいらした頃より連綿と受け継がれてきた莫大な記憶。それを一人の脳に収めるのだから、並大抵のことではない。

 初代オストロが命をかけて完成させた魔法により、全ての「オストロ」の記憶を「核」へと刻み込む。そして次代へと受け渡し、再びその記憶を刻み込んでいくのだ。

 オストロの記憶の「核」は、継承の儀の際に体内に埋め込まれるので、代替わりをするという事は、即ち先代の死をも意味する。


 初代が何を思ってそんな魔法を造り上げたのか――それこそ、命を懸けてまで。


 理由は誰も知らない。只、グラティア族には全てを記憶するオストロという賢者が存在する。それだけで充分だった。


 ――理由など、この継がれし記憶だけで充分だった。

 

 歴代のオストロに、「オストロ」である事を疎んじた者など居なかった。継ぐ前はそれこそ反抗的な態度をとる者や、オストロである事を憂う者だっていた。しかし、実際に記憶を受け継いだその瞬間から、そんな感情は全て消え失せてしまうのだ。

 それは、全ての「オストロ」の記憶を持つ自分が断言出来るし、オストロである自分には、当然その理由も分かっている。

 初代の悲願や歴代のオストロの想いを継いで、それでもどうでも良い等と言える者はいなかった。


 ――しかし果たしてそれは、本当に自分の想いなのだろうか……?


 自分の記憶と歴代のオストロの記憶が混濁し、今が何時でどれが本当の自分の記憶なのかが分からなくなり、自分は古より、悠久の時を生きてきた様な気持ちになる。

 目の前に居る若者は、自分の友人だ――否、友人の息子だ――否、その孫の孫の……

 今が何時の時代で、自分が誰で、目の前の若者との関係はどれだっただろうか。時には混乱を極め、己という存在が足元から崩れおちていく様な感覚に陥る。

 仲間内で評判の美人に胸をときめかせて居ても、記憶を継いだ瞬間、「あの子供が大きくなったものだ」と微笑ましい気持ちになり、今まで心躍らせていた淡い想いは消え失せてしまう。

 恐いと有名な頑固親父に幼いころより何度も怒鳴られ何時もびくびくしていたのに、記憶を継いだ瞬間に「あれは友人の孫だ、あのやんちゃ小僧が立派になったものだ」とまるで幼子を見る様な気持になってしまう。

 そんな事を何度も繰り返し、やがて己の「自我」が消え失せ、古より悠久の時を生きてきた「オストロ」という存在に成り替わってしまうのだ。

 

 自分も、下手をすればそうなっていたかもしれない。だからこそ、幼くして「オストロ」を継がなければならない孫には、「クルト」としての思い出を出来るだけ沢山作って欲しいと願う。


 自分の胸を焦がすこの渇望にも等しい想いも、果たして「誰」のものなのか……


 懐かしい方に再会出来る喜びか、幼い頃より憧れた英雄にまみえることの出来る歓喜か


 それでも自分の代で出会える事は喜び以外の何物でもなく、その時が待ち遠しくて仕方がないのも事実で。


 

 「さて、クルト。私達も帰ろうか。クレア様も。もう直アスティン様達が戻られる事でしょう」


 さて。最初にかける言葉はどうしようか。

 再会を喜ぶ台詞を口にすべきか、初めましてと挨拶をすべきか――


 子供達に帰宅を促しながら、まるで悪戯を思いついた子供の様に楽しげに表情を綻ばせた。


 

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