クレアの死4

「な、何だ?!」

 悦に浸って居たヒトリーは、突然の大声にその刃を止めてしまった。

 声の元を辿ると、そこには見知らぬ男が3人。

「何だお前らは!!」

「我はグラティア族の長、アスティン!我が妹を返して貰うぞ!!」

 ヒトリーの誰何に、アスティンは淀みなく応える。

「グラティア……?成程、お前らも邪神教徒だな!おいお前ら、あいつらも捕らえよ。生死は問わん!!邪神の末裔だというあの生意気な子供は出来れば生かしてとらえたいが……死体でも充分に利用出来よう」

「はっ!!」

 ヒトリーの命により彼の私兵がアスティン達に向かって襲いかかってくる。アスティンも剣を抜くが、彼の視線はその先にある光景に奪われたままだった。

 予期せぬ邪魔が入ってしまったが、ヒトリーは構わず再び剣を振りかぶった。

「やめろっ!!……クレアっ!!」

 アスティンの叫びもむなしく、無情にも刃が下される。

「うわぁぁぁぁ!!!!」

 突如響いた驚愕の声。アスティンの視線の先、クレアは変わらず横たわり、ヒトリーの持つ刃が突如割れたのだ。

 呆然としていたアスティンだったが、はっと気が付くと後ろを振り向いた。視力の良いアスティンは、矢が凶刃を貫いた瞬間を目撃していた。そしてそれが、誰の放ったものであるのかも。

「フランツっ!!」

 しかし彼は油断することなく次の矢を構え、そして放つ所だった。狙う先はヒトリーの足元。

 狙い過たず吸い込まれる様にヒトリーのつま先を掠り地面に突き刺さる。

「ひ……ひぃっ……!!」

 驚いたヒトリーは矢を避けようと足を上げ、そこに再び矢を打ちこまれ、バランスを崩し倒れ込んでしまった。

「何を遊んでいるんだっ!!早く仕留めろっ!!」

 ちっと舌打ちをし、更に矢をつがえようとしたフランツにアスティンが苛立って叫ぶが、フランツは彼にしては珍しく声を荒げて怒鳴り返す。

「馬鹿っ!!神聖なる神子であるクレアを血で汚す気かっ!!少なくとも、返り血を浴びない程度には引き離さないと仕留められないっ!!」

 ヒトリーが倒れた位置は、クレアに近過ぎる。後2,3歩下がってくれていれば、そのまま仕留める事が可能だった。

 ぎり、と唇を噛み締めるが、何時までも後悔をしている訳にはいかない。ヒトリーの部下達が大挙して押し寄せてきたからだ。

「くっ!!」

 兵の一人が降り上げた剣をアスティンが受け止め、その脇をすり抜けフランツが剣を抜き放った。

 剣を鞘走らせると同時に相手の懐に入り込み、そのまま相手の剣を弾き飛ばす。武器を手放し丸腰になった相手の急所に刃が吸い込まれ様とし――

「駄目ですっ!!殺してはっ!!」

 突如放たれた言葉に咄嗟に反応はしたものの、完全に止まる事は出来ず、相手の胴を浅く裂き、そのまま蹴り飛ばした。

「どういう事です、オストロ様っ!!」

 蹴り飛ばした敵を避けきれず、数名の兵が巻き込まれ倒れていく。その隙に地を蹴り、オストロの近くにまで戻った。

「この場を汚してはなりません。多少の血の穢れであれば、神子と……あの方のお力で浄化する事も可能でしょうが……もしこの場で命が奪われるような事にでもなれば、その穢れを以ってこの場の結界も、封印も、完全に消え去る事と成りましょう。そうなれば、グラティアの……いえ、この世界の終わりです」

「……!!それはどういう――!!」

 問いかけの言葉は、持ち直した兵の攻撃により紡がれる事はなかった。

「くそっ!!」

「……命さえ奪わなければ、多少の血の穢れは構わぬということですね?」

「……ええ」

 肯定の言葉と同時に、一迅の風が風が吹く。アスティンの視界の端に、金色の光が舞った。

 一瞬で距離を詰めたフランツは相手の懐に飛び込み、剣を弾き飛ばし、鳩尾に拳を叩き込んだ。倒れこむ敵に合わせるように身を屈めると、脇から飛び出し、今度は剣の柄を鳩尾に食い込ませる。その敵を先程と同様蹴り飛ばすと、後ろにいた兵は咄嗟に反応出来ずに倒れこむ。起き上がる隙を与えず、剣を拾おうとした手を踏み、脚を切りつけた。

「ぐあぁぁぁぁっ!!」

 自分も敵を倒しながら、アスティンは驚愕に目を見開いた。フランツが強い事は知っていたが、この様に実践で見るのは初めてだった。先程の弓の腕といい、一体彼はどれほどの腕を隠し持っているのだろうか。

 ――今はそんな事を考えている場合ではない。

 ふるりと頭を振ると、邪念を追い出し、目の前の敵に集中する。

「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃ!!」

 腰を抜かしていたヒトリーは、慌ててクレアの元へと這い寄った。この日の為に作らせた特別な宝剣は先程怪しげな術に依って壊されてしまった。折角の儀式であったのに、何故、如何してこんな事に。

「その剣を寄こせぇぇぇぇ!!!」

 近くに控えていた護衛の剣を奪い取ると、剣を振り上げる。

 神聖さもへったくれもないが、この際仕方がない。この場を切り抜ける為には、大いなる力が必要なのだ。

 恐怖で震える手で必死に剣を握りしめると、クレアに向かって振り下ろした。



 ヒトリーがクレアに近寄るのを視界に収め、オストロはすっと手を上げた。風の魔法で剣ごと彼を吹き飛ばそうとしたのだ。

 オストロの手に魔力が集まり、そのまま解き放たれ様とした瞬間――


『あの少女は間もなく死ぬ』


 ふと、とある言葉が甦った。

 「彼の復活の為には仕方がない」と彼女は言った。そして、少女を救えるのも彼しかいない、と。

 今此処で少女を救う事は、本当に正しい事なのであろうか。

 「オストロ」としての膨大な記憶が一瞬で巡り、そして、「彼」自身が接したクレアという少女との記憶も同時に脳裏を過る。

 そんなオストロの一瞬の逡巡の隙を狙ったかのように、ヒトリーは近くの兵から剣をひったくり、そしてクレアへ目掛けて凶刃を振るった。


 アスティン、そしてフランツも、敵と交戦しながらも決してクレアから目を離す事はなかった。故にヒトリーがクレアへと近付いた事も、剣を手にした事にも気付いていた。

 しかし、敵の多さに中々彼女の元へとたどり着けずにいた。先程同様矢を射かけようにも、矢を構える暇すらない。

「くっ!!!どけっ!!」

 そして焦るアスティンとフランツの視界の先で、再びクレアへと刃が振り下ろされようとしていた。

「やめろーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 アスティンの絶叫。しかし今度は軌跡が起こる事もなく、ヒトリーの刃がクレアの身体へと吸い込まれていった。

 一瞬の後、クレアの身体から鮮血が溢れだした。

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