復活1

 神々が、父神を真似て世界を作った後、精霊達に統治を任せて彼等は戻っていった。

 けれども完全に興味を失った訳ではなく、稀に「世界」に干渉する事があったという。

 それは自身が「世界」に降り立つのではなく、神を宿す事の出来る器を持った者――神子を介して、という形ではあったが。

 そして、精霊の統治する中、神々に見守られながら、世界は平和に廻って居た――「魔王」が現れるまでは



 それが何処からやってきたのか、何物なのかは分からない。

 何故ならば、この世は神々の暮らす天界、人々の暮らす地上、そして地上を管理する精霊達が住まう幽界と3つの世界に分かれてはいるが、その何処にもその様な存在は居なかったのだから。


 唐突に現れた邪悪なる存在は、醜悪な姿をしたもの達を引き連れて、世界を侵食していった。

 多くの命が奪われ、大地は枯れ果て、世界は瘴気に蝕まれていった。


 嘆き悲しんだ神々や精霊は、魔王を倒すべく立ちあがった。

 そして、皆を率いていた精霊の長たる精霊王アストールは、三日三晩魔王と戦い続け、そしてその命と引き換えに魔王を封印する事に成功したのである。

 やがて地上は平和を取り戻し、魔王を封印した廟も、精霊王の末裔たちに依って護られてきた。


『魔王を決して甦らせてはならない』

 それが精霊王の遺言であり、末裔達にとって、何よりも護らなければならない事であった。




 ――なのに



 クレアの腹部にじんわりと滲んでいた鮮血は、彼女の纏っている神子服を緋色に染め上げ、どろり、と祭壇に流れ落ちてゆく。

「あ……あ…」

 アスティンは絶望に立ちつくしていた。

 クレアの顔から色が失われ、だらりと力なく横たわる姿からは、生命の息吹を僅かながらも感じられなかった。

 どろり、と最愛の妹の腹部から生命が零れ落ちてゆく様を、アスティンは遠くから眺める事しか出来なかった。


 ――何故、こんな事になってしまったのだろう。

 自分にとって、目標とも言える父が突如目の前から消え去り。

 グラティアの民にとって何よりも重要な聖域への侵入を赦し。

 そして、最愛の妹の命まで奪われ。


 ――何故、こんな事になってしまったのだろう。

 今迄こんな事、一度だってなかったのに。


 『魔王を決して甦らせてはならない』

 グラティアの民にとって――精霊王の末裔にとっては何よりも優先させるべき――護るべき精霊王の言葉1つ全う出来ず。


 呆然と立ち尽くすアスティンに、凶刃がふり下ろされようとした瞬間――

「ぼうっとするな!!アスティン!!」

 叱声と共に小刀が投げられ、敵の腕に見事に吸い込まれていった。

「……フランツ……」

「まだだ!!まだ、諦めるのは早い!!今すぐ助け出してオストロ様に回復して貰えれば間に合うかもしれない!!」

「……っ!!そうか!そうだな!!」

 瞳に力の戻ったアスティンは剣を握り直し、再び敵に向かって走り出して行った。

 もう間に合わない事は分かっている。それでも、希望を捨てたくはなかった。



 ※ ※ ※

「ふっ……ふはははははは!!やったぞ!やってやったぞ!!これで邪神が復活する!!この世の全てを我がものに!!」

 ヒトリーが狂ったように笑いだした。

 クレアの腹部から溢れ出た鮮血が祭壇を伝い、地面に紅い水たまりを作る。しかし更に何処かに流れ落ちているのか、徐々にその嵩が減り始め――


 そして、突如地震の様な揺れが起こり、眩い光が辺りを包みこんだ。

 


 ※ ※ ※


 オストロは、今まさに風前の燈となってしまったクレアを痛ましげに見つめ、ぐっと拳を握りしめた。

 助けようと思えば、助けられたのだ。

 しかし彼を止めたのは依然彼に告げられた「神の予言」。

 ――間もなく復活するのか。彼の方が。

 彼が復活する為に少女の「生命」が必要ならば、そしてそんな彼女を彼が救えるというのであれば。

 自分の出番はまだ、ない。もし己が感情に支配されて余計な事をしてしまえば、より最悪な事態になってしまう可能性とてあるのだ。

 ――なにより

「……もう直ぐ、お会いできるのですね。グリード様」

 ずっと憧れ、焦がれて来た存在に。

 その声にこたえるように、眩い光が辺りを包みこんだ。



 ※ ※ ※


「な……なんだ?!」

 突如発生した激しい揺れ。継いで目を焼く程の光の奔流。流石にこの状態で戦い続けることは出来ず、アスティンは、腕で目を庇った。

 これには流石のフランツも、そして敵さえも戦いを一時中断するしかなかった。

 そして光が収束しつつあるなか濃厚で強大な魔力が吹き出し、そのプレッシャーに耐えきれず、アスティンは膝を付いた。

「なんだ!!この莫迦でかい魔力は!!」

 アスティンの視線の先に、黒い人影が見えた。

 この世のものとは思えぬ整った顔立ち、足まで届く長く艶やかな黒髪、そして着ている服まで黒く、その中で肌だけが透ける様に真っ白だった。


 皆の視線の中、その人物は眼を開き、そして再び目を閉じた。

 そして頭を掻きながら大きな欠伸を漏らすと、一言呟いた。


「……あ~……ねみぃ……」

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