私は、ヴァンパイアになりたかった。

 ヴァンパイア。思い返せば、私が初めてなりたいと願った夢だろう。


 数年前に実家を掃除していた際、幼稚園の頃の誕生日カードなるものが出てきた。それは毎年幼稚園の先生から誕生日を迎えたときに渡されるもので、画用紙を折って作られた、幼稚園の先生のお手製のものだった。そこには事前に質問された将来の夢や頑張っていること、幼稚園の先生からのメッセージが書かれていた。幼稚園の頃の私は、ラーメン屋や幼稚園の先生など、毎年毎年違うものになりたいと書いてあった。このころの記憶はうっすらとあるのだが、あまりなにかになりたいと思った記憶はない。幼稚園の先生なんていう職業が挙がっているところを見ると、目についたものや思いついた職業を言っただけなのだろう。まったくもって、不真面目な子供だ。すでに取り返すことはできないが、もう少し将来について考える姿勢はなかったものなのだろうか。


 祖母や母によれば、私は小さな頃、将来の夢は医師だと言ったそうである。私の祖母は腰と足が悪く、歩く際には杖を要する。幼い私がそれを見たとき、「じゃあお医者さんになって、おばあちゃんの足を治してあげる」と言ったそうだ。それ以来、私の祖母は私の将来の夢は医師で、いつか私の足を治してくれるのだ、と事あるごとに言っている。それから十何年の歳月が経ち、私もひとまずは十何年分の歳を取った。祖母には申し訳ないが、そんな夢は端から私の頭にない。よく話を合わせ祖母を治す医師になるのだと頷いてきたが、私がおぼろげながらも描いている人生設計にそんな予定はない。

 しかしやはり私のなかにも善良な心というか罪悪感のようなものは存在しており、これを祖母に読ませられはしないが、事実としてそうなのだ。せめて、違う形での孝行を望む。


 さて、私は冒頭で「ヴァンパイアになりたいと考えた」というようなことを書いた。それは嘘偽りない事実で、確かに私がひそかに抱いていた夢である。もちろんながら、ヴァンパイアという職業は私が生きている世界では存在していない(もしかしたらあるかもしれないが、私の手の届く範囲になく、少なからず私が認知できない職業である)。

 きっかけは、『ドラキュラ伯爵』を小学校の図書室で借りて読んだことだったと思う。『ダレン・シャン』なんかも読んだが、その時には吸血鬼への憧れは感じなかった。ドラキュラ伯爵という吸血鬼のキャラクター性もあいまってだが、私は彼らをカッコいいと思った。


 莫迦な夢だ、と思ったかもしれない。空想じみた子供の夢だ、と思われただろうか。

 ここで、種明かしをしたいと思う。当時の私にこれを伝えたら、真っ向から否定されるだろうが、過去のヴァンパイアに憧れていた自分を振り返ってみて、なぜヴァンパイアになりたかったのか、という答えに私はすでに辿り着いている。

 私がなぜヴァンパイアに憧れ、ヴァンパイアになりたいと考えていたのか。その理由はいかにも子供らしいので、はっきりと口に出すのは恥ずかしさを感じるが、仕方ない。

 私は、特別になりたかったのだ。誰からも認められ、誰とも違う個性のようなものを持ちたかったのである。その最たる例が、私のなかではヴァンパイアであったのだ。自分の過去の考えを冷静に分析する行為ほど恥ずかしいものなどないが、確かにヴァンパイアに憧れる過程には筋は通っている。私がヴァンパイアであれば、まわりからは一目置かれていただろう。そんな個性的な特徴を持った人間はいないのだから。もしかしたら、拉致され研究室などで解剖されていたかもしれないが、そんな人生さえも普通人間の私にとっては「個性的」に見えてしまうのだ。ひどくねじ曲がった、ないものねだりである。もちろん、少しはまともに育った私は拉致されるまでの個性に憧れを抱くことはないものの、私なりの個性やコアコンピタンスのようなものは持ち合わせたい、と考えている。


 私は、ヴァンパイアになりたかった。それは紛れもない事実で、過去の私の夢だと断言できる。この夢に私が恥ずかしさを感じることはない。十数年が経ちヴァンパイアにはなれなかった私は、過去の自分の夢を無責任にも応援し続けている。

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