ナックル

 小さな頃、貧弱で友達もいないが自称「野球少年」だった私は、よく家の近くのコンクリート塀に向かって壁投げを繰り返していた。

 ストライクゾーンを決め、そこに投げる。変なところに飛んでいった際、私は内野手や外野手になりきってボールを追いかけ、壁に向かって「返球」する。ただ、それだけの遊び。私はたったそれだけの遊びに何を血迷ってか、何時間もただそれだけをしていた。子供の頃の遊びというのは、本当に不思議なものだ。


 さて。


 当時、私は変化球を投げてみたかった。ネットで調べて握り方を学び、ただひたすら投げてみた。野球少年にもなれなかった子供の、小さな憧れだ。


 硬球でも軟球でもない、柔らかい子供が遊ぶ用の球だ。縫い目も凹凸として付いているが、しっかりしたものではない。


 夏、暑い日だった。地面からゆらゆらと空気の揺れが見え、汗が首筋から溢れ出ていた。

 あと一球投げたら帰ろう、そう決めて最後に投げた球だった。

 一球だけ、投げることができたのだ。私が投げたボールはゆらゆらと揺れる不自然な軌道を描いて壁に当たった。

 それが本当に変化球だったのか、私には分からない。しかし、私はあの球が「ナックル」だったと信じてやまない。これが私の変化球の思い出である。

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