(13)

「やあ、そちらのお客さんは初めましてだよね?」

「ええ。初めまして。私はペネロペ。この地区の魔法女をしています」

「丁寧にどうも。僕はヘクター。しがない魔女さ」


 マルセルたち三馬鹿は、あたしたちがこうやって名乗りあっているコトの重大さなど気づかず、ヘクターへと駆け寄る。


 ヘクターはほとんど糸目の、なにを考えているかわからない細い目であたしを見上げていたが、すぐに足元の枝へと視線を落とす。


「芋焼いてくれるんだろ?」

「はやくー」


 あたしは「ああなるほど」と思いつつ、ヘクターの一挙手一投足に注目する。


 彼が真っ黒なコートの懐から杖を取り出したときはちょっと身構えたが、それはもちろんあたしを害するためではなく、枝の山に火をつけるために使われた。


 ヘクターが操る魔法杖の先から放たれた法力の火が枝に移るのを見て、あたしは目の前にいるこの男が魔女なのだと確信する。


 魔法女は名の通り女しか存在しない。しかし「魔女」という言葉には男も含まれる。男で、法力を使う者はみな魔女ということになる。


「どうぞ。そこらへんに座って」


 ヘクターは芋を焚火に入れて、枝を使ってちょいちょいと奥に押し込む。


 マルセルたち三馬鹿はそれをわくわくとした目で見ていた。


 それを見つめるヘクターの目は――優しい。


 か弱いものを見る哀れみの目でもなければ、侮蔑に満ちた冷たい目でもない。


 親が子を、兄が弟を見るような目でヘクターはマルセルたちを見ていた。


 マルセルたちがちろちろと火の先を空へと上げる焚火を囲むのにならい、あたしもヘクターの正面に腰を下ろす。


 ヘクターは今度は面白がるような視線をあたしにやる。


 あたしがすぐさま拘束魔法でも放つと思ったのだろうか?


 そうしてやりたいのは山々だが、マルセルたちがいる手前、ヘクターと正面から戦うような事態は避けたかった。


 むっつりと黙り込んだあたしに構わず、ヘクターとマルセルたちは楽しげに会話を続ける。


 ヘクターはちょっと前まで海港のある町で「仕事」をしていたらしい。


 ヘクターの口から語られる、街の外の話にマルセルたちは釘づけだ。


 なるほど、こうやって手なずけているのだなと、あたしはじっと黙ったまま観察する。


 やがて芋がいい感じに焼ける。


「火傷に気をつけて」


 そう言いながら枝にぶっ刺した小ぶりな芋を差し出される。皮が破れて黄色い身が見える芋からは、ほかほかとした湯気が立っていた。


「どうも」


 あたしはぶっきらぼうに礼を言って枝を受け取る。


 マルセルたちはアチアチと言いつつさっそく芋を食べていた。


 こういう「秘密の味」ってやつは格別だろう。彼らの顔を見ていると、ふっと童心を思い出して、なんとも言えない気持ちになった。


 猫舌のあたしも芋を食べにかかる。


 ふうふうと息を吹きかけ、四苦八苦しつつ食べていると、ヘクターの視線を感じた。


 面白いものを見る目をしている。あたしにはわかる。


 ちょっとムッとしつつも、マルセルたちがいる手前、猫を被ってやり過ごす。


 そしてどうやら芋を食べ終えるとどうやらお開きらしい。


「あんまりここに長居したら疑われちゃうからね」


 というのがヘクターの言い分らしく、三馬鹿はいつになく素直にその言葉を聞いている。


 そこにはいつものいたずらっ子の姿はなく、ごく普通の、大人が想像するような無垢な子供がいた。


「今度はいつ会える?」

「いつになるかなあ。わかんないや」

「ヘクターっていっつもそれだよな! まあいいや、時間ができたらまたきてくれよ!」

「ぜったいだからな!」


 純粋に慕われているヘクターの――魔女の姿を見ていると、なんだか胸がチクチクと痛んだ。


 それは羨望だろか? 嫉妬だろうか? 罪悪感だろうか?


 それのどれも正解だと言えたし、そのどれも微妙に違うと言えば違うような気もした。


 ヘクターに手を振りつつマルセルたちが街へと帰って行く。


 あたしはと言えば、当然のごとくこの場に残った。


 マルセルたちは不思議そうにしていたが、ヘクターから「彼女と会ったことは秘密だよ」と口止めされると、またその秘密という甘美な響きに目をきらきらとさせていたのだった。


 三馬鹿のうち、特にマルセルにはあとでよく言って聞かせておいた方がいいなとあたしは思った。


 マルセルは一応、街一番の商会の跡取り息子だ。身代金目的の誘拐事件なんかに巻き込まれては目も当てられない。


「まあ、そんなに怒らないであげてよ。子供に好奇心はつきものさ」


 ヘクターはそんなあたしの思考を読み取ったかのように、ちょっと笑って言う。


 丘の下から風が吹きつけて、あたしの赤毛とヘクターのふわふわとした茶色の髪がぶわりと巻き上げられた。


「焚火が残ってる。向こうで話そう」

「……わかったわ」


 再び、先ほどより火勢が衰えた焚火を囲う。ヘクターの真正面に陣取って、彼の目を見た。


 ヘクターの目は、紅葉を前にした葉のような、黄味がかったグリーン。


 けれどもほとんど開いてるんだかいないんだかわかんないような糸目なので、その色をハッキリと見る機会はなかなかこない。


 ヘクターを観察していて、彼はずっと柔和な笑みを浮かべていることにも気づいた。


 ちょっとすればうさんくさくなるその微笑は、糸目も相まって油断ならない雰囲気をかもしだしかねない。


 しかしヘクターは不思議と愛嬌のある顔をしていた。物腰も柔らかで、態度も乱暴じゃない。


 それは裏を返せば相手に警戒心を抱かせないように、細心の注意を払って振る舞っているとも取れる。


「あなた、魔女なんですって?」

「ああそうだよ。君も見ただろう。僕が杖を使って火をつけるのを」

「ええ……私の目の前でね」


 魔女を見つけた魔法女は、極力彼ら彼女らを捕縛せねばならない義務が生じる。


 それをヘクターがわかっていないハズはない。


「君に会いたいと思っていたんだ」

「……なぜ?」

「僕だけじゃない。魔女の谷にいる仲間たちも興味を持っている」

「……私が聖乙女ではなくなったから」

「そう」


 なんとなくあなどられているように感じたあたしの眉間には、自然とシワが寄る。


 それを見て「怒らないでよ」とヘクターはおどけて言いながら両の手のひらを見せた。


「だれもが君は神殿や王室を恨みに思っていても仕方がないと思っているわけだけど――実際のところはどうなのかな?」

「それをここで言って、なんになるっていうの?」

「力になれるかもしれない」

「……復讐の?」

「諸々の。そう、そこにはもちろん復讐も入っている」

「復讐、ね」

「だってそうだろう? 聖乙女としての修業を一切していないぽっと出の渡り人が突然聖乙女の座に据えられて、王族との婚約もナシに。これってだれかに復讐したくなるくらいの不幸じゃないかな?」

「そうね。でも――まるであなた、他人事ね。あたしが復讐を望んでいないことをはじめから知っているみたいに」


 先ほどまでと明らかに違って、ヘクターの言葉は急に空疎になった。


 それはつまり、彼はセリフを言わされているだけだということだ。言わせているのは魔女の谷のお仲間ってやつだろうか。


 あたしの指摘を受けると、ヘクターはおどろくでもなく面白そうに笑みを深めた。


「バレバレか。さすがは元聖乙女様だ」

「あなたの目的はなに?」

「仲間にならないかと思って」

「お断りよ」

「おっと。勧誘の口上も言わせてくれないのかい?」

「聞くだけ無駄ね」

「いや、聞いてもらうよ。それじゃあまず『魔女とはなにか』から始めようか」

「……本気?」

「本気さ」


 こうやって脱力させてその隙に逃げを打つつもりなのかと思ったが、どうやらヘクターは本気であたしに講義をするつもりのようだ。


 あたしは豪胆なヘクターを前にして、潔く腹を括ることにする。


「いいわよ。わかったわ。話だけは聞いてあげる」

「さすがは元聖乙女様。話がわかる」

「そういうセリフはいらないわ。さっさと話して」


 にべもないあたしの言葉に、ヘクターはわざとらしく肩をすくめた。

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