(26)
近頃王都に出没する偽聖乙女の集団は、神殿の威信を失墜させかねない……というほどではないにせよ、目障りなことには変わりがない。
アンナ・ヒイラギが未だにその膨大な法力を自在に扱えることができていないことが、状況に拍車をかけていた。
神殿が己の利のために渡り人を聖乙女とすることで箔をつけ、王室に輿入れさせるために能力のない女をその座につけたのだ――。
というのが偽の聖乙女集団の言い分であり、巷を騒がすスキャンダルであった。
厄介な部分を指摘するならば、前半部分だけは事実だということだろうか。
王室としては「幸運の運び手」と呼ばれる渡り人であるアンナ・ヒイラギにそれらしい箔があるに越したことはないわけで。
そして神殿としてもわざわざアンナ・ヒイラギを聖乙女につけてやることで、王室に恩を売り、かつ身内となったアンナ・ヒイラギを介して王室側に影響力を持つことができる。
つまり例の噂には真実と嘘が入り混じっている。だから、聞く人間によってはそれらしく聞こえてしまう。それが、問題なのだ。
しかし噂というものは一度に払拭できるような類いのものではない。
効果的な対処法というものに乏しく、できることと言えば地道に噂を否定することくらいだろうか。
偽の聖乙女を、秩序を
けれどもそんなことをすれば、神殿側にとって都合が悪いから捕まえたのだと、陰謀論がはびこる可能性は容易に想像できる。
そうして神殿内でも偽の聖乙女を強制的に排除するかどうかで議論が進められていたところに、偽聖乙女の側から勝負が持ちかけられた。
王都から離れた場所にある、魔素が突出する危険な森――黒の森をどれだけ浄化できるかで勝負する。
そう、あたしが担当する地区にあり、そして一度やむにやまれぬ事情から足を踏み入れたあの黒の森で、勝負をしようと持ちかけられたのだ。
神殿と、アンナ・ヒイラギが輿入れする予定の王室は、その勝負を受けることにした。
もちろん神殿も王室も、勝算なしにそんなものを受けるわけがない。
アンナ・ヒイラギは法力を放出することくらいはできる。膨大な法力を持つ彼女ならば、黒の森を一時的に浄化するくらいはできるのである。
だから偽の聖乙女からの勝負を受けた。
しかし偽の聖乙女の側だって、勝算もなしにこんな勝負は持ちかけないだろう。
もしそうだとすれば完全な狂人である。そうでないのならば――なにか別の目的があるのかもしれない。
そしてアンナ・ヒイラギに次ぐ法力を有するあたしが、こたびの勝負の助っ人として招集されたわけである。
ツェーザル殿下に聞けば、神殿側の見届け人はシュテファーニエだと言うではないか。
これは断れるような仕事ではないなと早々に判断したあたしは、色々と――本当に色々と思うところはあるが、甘んじて受け入れることにしたのであった。
「あの……どうかよろしくおねがいします」
あたしから「意地悪」なことを言われ、ただ黙ったままだったアンナ・ヒイラギであったが、ツェーザル殿下が「勝負」について話し終えると、ようやく顔を上げてまた頭を下げた。
「わたし、聖乙女として頑張ります。できるだけ、ペネロペさんには迷惑をかけないようにしますから……」
「当たり前でしょ」
あたしがバッサリと言い切ってしまうと、アンナ・ヒイラギはまた不安げに目を泳がせた。
それを見て、ツェーザル殿下がまたあたしをたしなめるような目を向ける。
それがなんともおもしろくない。否、不愉快だ。
なんとかぎゃふんと言わせてやりたいような気持ちになるものの、あたしは一介の魔法女。
王室に盾突くなんて現実的じゃないし、アンナ・ヒイラギはアンナ・ヒイラギで、「意地悪」してもこっちが悪いような気になってよろしくない。
結局、あたしの鬱憤は行き場がないのであった。
「お疲れ様だな」
「いや、本当にお疲れ様」
ツェーザル殿下とアンナ・ヒイラギが紋章を隠した馬車で帰ったあと、テオとハンスには気の毒そうな顔でねぎらわれた。
テオは同席しなかったものの、鬱憤の溜まったあたしから事情をぶちまけられたせいで、すでにすべてを知っている。
テオはその顔にめずらしく同情をにじませてあたしに紅茶を淹れてくれる。
あたしはだれも手をつけていなかった茶菓子をガッとつかむと、口いっぱいに放り込んで熱い紅茶を流し込む。
そんな品のよくない行動も、今はふたりとも非難しない。
あたしがムシャムシャと茶菓子をほおばっているあいだに、テオとハンスは話を進める。
「それにしても見事な鉄面皮だ。さすがにそれくらいツラの皮が厚くないとやっていられないのだろうな」
「貴族である私の耳も痛いね。しかし聖乙女がしゃべっているところを初めて見たけれど、神殿や王室でやっていけるとは思えないね」
「そんなにか?」
「ため息が出るね。あれでは神殿にいいように操られるばかりだろうし、輿入れすれば今後、王室内で火種になりかねない」
「聖乙女は少し強情なくらいがいい、と」
「自ら王室と神殿の綱引きを采配できるくらいが理想的なんだけれど……彼女には無理かな。生来のものか、育った環境からかはわからないが、向いていないのはたしかだよ」
「……あたしは別に王室と神殿のあいだで采配なんてしたことないわよ?」
「直接出て行って采配せずとも、ペネロペの場合は一筋縄ではいかないタイプだから、それだけでそれなりの影響力があったんだよ」
「それが今の聖乙女にはない、と」
「残念ながらね。今後に期待……と言いたいところだけれど、ペネロペを前にして気持ちでも負けているようじゃあねえ」
アンナ・ヒイラギが王室に輿入れしたあとのことでも考えているのか、ハンスは浮かない顔をしている。
貴族ではないあたしにはその苦労はほとんど想像できない。
しかしこちらもため息をつきたいのは同じだった。
アンナ・ヒイラギがあの調子では、あたしもことあるごとに引き合いに出されるだろうし、直接的にその身を引き出される機会も減らないだろう。
たとえば、先日のパレードの護衛だとか、今回のよくわからない勝負だとか。
ハンスとあたしのため息が重なる。
それを見たテオは、無言で紅茶のおかわりを淹れてくれるのであった。
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