第5話 スポーツジムへイク

 ある日、雛子さんは清太郎君に「スポーツジムに通いたい」という提案をした。

 専業主婦として家にいる時間が長く、運動不足になりやすいというのが理由である。彼女は新設されたスポーツジム無料体験のチラシを見せてきた。


「ここに行ってみたいんだけど、どうかな?」

「うん……まぁ、いいんじゃない?」


 清太郎君は伴侶に対して束縛しない性格だ。清太郎君はあっさりと雛子さんのスポーツジム通いをあっさりと承認し、彼女を車で送ったのである。


 そして、彼女を迎えに行く時間が近づいてきている。清太郎君は携帯電話からそのタイミングを調整しようと連絡を取った。


「もしもし、雛子さん?」

「はぁっ、はぁっ、どうしたのぉ、清太郎君?」


 相変わらず雛子さんは電話越しでの息が荒い。

 まあ、スポーツジムで運動しているのだから当然だろう、と清太郎君は思った。


「そろそろ迎えに行こうかなぁと思ったんだけど、そっちはどうかな?」

「あはぁ! もうちょっとでフィニッシュだから、待っててね!」


 雛子さんの声は揚々としていて、かなりハッスルしているようだ。

 久々に思いっきり運動できて嬉しいのだろう。


「それでは奥さん、もう一本追加してみましょうか!」


 雛子さんの傍から男の声が聞こえる。ジムのインストラクターだろうか。


「ひぇ、あっ! そっち?」

「ハッハッハ! 奥さん、こっちも鍛えなきゃダメですよ!」

「そっちは全然使ったことがなくてぇ……うっ、き、キツいッ!」

「もっと締めて締めて! いい感じですよ!」


 一体、何がキツいのだろうか。

 雛子さんの苦しそうな声とは対照的に、インストラクターは楽しそうだ。


「い、今のは、重りを一本追加しちゃって、なかなかキツいの!」

「ふぅん。ダンベルでも持ち上げてるの?」

「そんなところ!」


 雛子さんの声は苦しそうではあるが、どこか楽しそうでもある。筋肉を限界まで使う面白さに目覚めたのかもしれない。


「いいですね、奥さん! 両方、締まってますよ!」

「そ、そうですかァ?」

「ほらほら、こっちもくわえて!」

「んふ! んぅふふ!」


 またインストラクターが重りを加えたのか。

 それとも何かを咥えたのか。

 電話越しでは、何が起きているのかよく分からないが。


「ペース上げて、イキますよ! 奥さん!」

「こ、こんなにハードなの、は、初めて!」

「呼吸を意識して!」

「ハァッ! フゥッ! く、苦しいけど、気持ちいいかも!」

「体の芯が熱くなってきたでしょう?」

「こんなの、スゴいのッ! 体が、限界をこえて、キちゃう! スゴいのがキちゃうのぉ! あっ、ハァッ! かはッ! キタキタキタキタキタ! アアアアアアアアアアアアアアアアっ!」


 雛子さんは突然叫び、震えた声を出した。

 もしかして肉離れでもしてしまったのだろうか。清太郎君は少し心配になった。


「奥さん、ここからスゴい量の汗が噴出してますよ?」

「ひゃぁん……やだぁ……言わないでぇ」

「ほらほら、運動後はタンパク質を摂取しないと?」

「はぁい……んぅ、ちゅぶっ!」


 インストラクターに促され、雛子さんは何かを飲んでいるらしい。ちゅうちゅうと吸う音や、ゴクリと喉奥へ流し込む音が聞こえる。


「雛子さん、何飲んでるの?」

「ああ、これね。えっとね、白くてトロトロしたヤツ……」

「もしかして、プロテインのこと?」

「そう! それ!」

「僕は飲んだことないから分からないけど、プロテインってどんな味がするの?」

「んっ、ここの人が作るのはちょっとクセがある味だけど……んふぅ、美味しいよ?」


 清太郎君はこれまでスポーツジムに行ったことがなく、プロテインも飲んだことがない。よく分からないが、雛子さんがそう言うなら美味しいのだろう。


「今日は色々なところを鍛えてもらっちゃった」

「それはよかったね」

「また来たいなぁ」


 こうして、雛子さんはジムに通うことが決定した。

 日常生活でも、雛子さんの肌に色艶が増しているような感じがする。二の腕や腹も引き締まり、清太郎君にとって彼女が一段と魅力的になったのは事実である。

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