第16話 帰省したムスコ(キノコ編)

 町内会の会長に促され、雛子さんはキノコ収穫の手伝いをすることになった。通話しながら、雛子さんはキノコ農場へ向かっているらしい。


「清太郎君、キノコだって!」

「僕も、この町でキノコを栽培しているのは初めて知ったなぁ」


 清太郎君も町のキノコ栽培については詳しくない。色々な作物を育てていて、目が行き届いていなかったのかもしれない。

 清太郎君は雛子さんとの会話にぼんやりと返事をしながら、手元のラップトップでコーディングを進めていく。


「やぁ、待っていたよ。雛子さん」

「わぁ……キノコがこんなに沢山……」

「まずは、こっちのキノコからお願いしようかな」

「もう匂いが強くて……立派に育ってて、おいしそう……」


 そうこうしている間に雛子さんはキノコ農場へ到着し、収穫の準備を進めている。雛子さんを歓迎する複数の男の声が聞こえた。


「それじゃ、最初は素手でヤッちゃっていいですか?」

「お、積極的だねえ」

「どうですか? こんな感じで……いいんですよね?」

「そうそう……なかなか巧いね。こういうこと、結構経験してる?」

「ふふっ、内緒です」


 どうやら雛子さんは素手でキノコを収穫しているらしい。


「こっちのキノコは、を使って、優しく、ふんわり包むようにヤッてくれよ?」

「こ、こう……ですかぁ?」

「ああ、いいねぇ……やっぱり経験豊富だなぁ、雛子さんは。も扱い慣れてるよ」

「私なんてまだまだですよ」


 今度は何か収穫用の道具を使って作業しているらしい。デリケートなキノコでも扱っているのだろうか。


「うっ……早いけど、出すよ……!」

「もうキノコ汁、出ちゃうの?」

「雛子さん、アツアツの汁を……飲んで……!」

「はぁい。んうふっ……」


 もうすぐ時刻は正午になろうとしている。キノコ農場で炊き出しでも行われているのだろう。キノコの汁が振舞われているらしい。


「どうだい? キノコ汁のお味は?」

「スッゴくネバネバしてて、濃くて、口の中に絡み付いてくるぅ……はぁん」


 ナメコかな、と清太郎君は思った。

 あの粘液を出すキノコ。味噌汁に入れると、その粘り気をよく感じることができる。少々クセのある食感ではあるが、清太郎君は結構好きだ。


「雛子さんには特別に、こっちも味わってもらおうか?」

「えっ、こんなに大きいサイズ、初めて見ました……」

「ここまで規格外なものはなかなか見ないだろ? こんなに大きく育っちゃうと、人気がなくてなぁ。味わってイッてくれるかい?」

「それじゃあ、いただきますね……あっ、はっ、ううん……大きい」


 普段なら市場に出回らない規格外のキノコも、フードロス削減のために食べてしまおう、ということらしい。


「傘の部分が、いい感触です」

「だろ? 雛子さんに食べてもらって、キノコも喜んでいるよ」

「硬くて弾力があるけど……私はこういうのが好きぃ……!」


 雛子さんはキノコ料理が好きだ。清太郎君に作る料理にも、キノコが入っていることが多く、積極的に食べている印象がある。


「雛子さん、こっちのキノコも味わってくれや」

「えっ、そっちも? あはんっ!」

「二種類のキノコが、中でハーモニーを奏でるだろう?」

「は、はいっ! 分かりますぅ! すごく……イイです、これぇ……二つとも、形も大きさも似てるけど……」


 別の男が、別のキノコもオススメしている。

 食感の違うキノコ同士が、口の中で面白い食感を生み出しているのだろうか。雛子さんはかなり料理に夢中になっている。


「もっと、沢山、ください!」

「じゃあ、雛子さんへ特別に、もっと注いであげるからな!」

「ああっ! すごっ……こんなに沢山……嬉しいです……! はぁっ! 熱いのが、どんどん来てぇっ! イッ! ンハアアッ!」


 一体、雛子さんはどれだけキノコ料理を食べているのだろうか。そんなに美味しいのなら、自分も食べてみたかった。


「ああっ、清太郎君……ここ、スゴいの」

「楽しそうだね、雛子さん」

「私のお腹、みんなのキノコで満たされちゃった」

「それはよかった」

「もう、キノコ汁でパンパンだよ。このままだと、どんどん膨れちゃうかもぉ」


 やはり沢山のキノコを食べているらしい。


 本来、この町の出身である清太郎君が参加すべき行事を雛子さんに任せてしまったことに罪悪感を持っていたが、美味しい炊き出しに喜んでいる彼女の声を聞いていると、徐々にそんな気持ちが薄れてくる。もしかしたら、雛子さんは楽しく振舞うことで、気兼ねなく僕が仕事できるよう配慮しているのかもしれない。


「私はもう少し、キノコの収穫を頑張ってくるね」

「うん……作業、代わってくれてありがとう、雛子さん」

「大丈夫だって。こっちはヤれるだけヤっちゃうから、清太郎君は仕事に集中してていいからね」


 こうして、夫婦の通話は終了した。

 地域のイベントにまで貢献してくれるなんて、自分は何て良い妻を持ったのだろう。雛子さんのおかげで仕事へのモチベーションは上がり、どうにか遅れを取り戻すことができたのである。

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