第23話 雛子さんの恩師
その日、雛子さんは地元へ帰った。どうやら高校の同窓会があるらしく、地元で泊まってから戻ってくるらしい。
清太郎君は一人寂しく自宅で夕食を済ませ、ぼんやりとネットで動画を見て過ごす。
ふと時計を見ると、夜十時を回っていた。
雛子さんは今どうしているだろうか。
清太郎君はスマートフォンを手に取ると、雛子さんに電話をかけた。
「あ、清太郎君?」
「雛子さん、同窓会はどう?」
「いや、あの、結構盛り上がっちゃって……その、二次会しちゃってるの」
そのとき――。
「雛子君。誰と話しているんだい?」
雛子さんのすぐ傍で、男性が喋っている。声の枯れた年老いた男性のようだ。
「やだなぁ先生。私の夫ですよ」
「ほぉ。なるほど」
雛子さんは男性のことを「先生」と呼んだ。そこから察するに、雛子さんが学生時代にお世話になった教員なのかもしれない。
「雛子さん、今の声は誰?」
「ああ、清太郎君? 今の人はねぇ、私の高校の頃の先生だよ」
「同窓会に先生も参加してるんだね?」
「そうなぉ。先生ともつい盛り上がっちゃってぇ、今も飲んでいるのぉ」
雛子さんの呂律が回っていない。これは相当ヘロヘロになっている。沢山酒を飲んだのだろうか。高校の先生の前でこんな醜態を晒して大丈夫か、雛子さん。
「雛子君には色々なことを教えたよなぁ」
「ええ、そうですね。先生から教わったテクニックは今でも活用してます」
「ふふっ、そうですねぇ。んんっ」
「まさか、あの雛子君が結婚するなんてね」
「ヤァっ……意外ですか先生?」
「あの頃の君は、男の人を平等に愛しているように見えたからね。誰か一人を選ぶなんて意外に思ったよ」
昔の雛子さんはどういう人だったのだろうか。
ふと清太郎君の頭にそんな疑問が過った。
「雛子君はどんな大きなモノにも挑戦する、果敢で貪欲な女性だったね」
「やだぁ先生」
「周りの要望に応えて、色々なことに挑戦しすぎて、いい加減体が壊れてしまうんじゃないかと心配したよ」
「今も色々なことに挑戦してますよぉ」
そう言われてみれば、雛子さんは様々な趣味に挑戦したがる性格だったような気がする。雛子さんと付き合い始めてから、清太郎君も色々な姿の彼女をみてきた。突然登山したり、突然普通自動二輪の免許を取ったり、突然FPSを始めてみたり。彼女は日々色々なことに興味を持ち、欲望のままに突き進んできた。
そういう性格を先生は高校の時にすでに見抜いていたようだ。
「ふぬっ……おほっ!」
「先生? いかがですか?」
「雛子君……はっ、き、君は、本当にっ……素晴らしい女性だ……!」
「先生の教えの、おかげですぅ!」
何やら先生が力んでいるようだが、料理を喉に詰まらせたのかな。
「ふぅ……はぁっ……おおっ、けっこう出してしまったかな」
「先生ぇ、注ぎ過ぎですよぉ」
「おや、白い泡が垂れてきている」
「やだぁ、もったいないですよぉ」
「相変わらず君はナマが好きだなぁ。拭き取ってあげよう。ええっと、ティッシュは……」
生ビールをグラスに注ぎ過ぎて、泡が垂れているらしい。
というか、まだ飲むつもりなのかと、清太郎君は半ば呆れていた。下戸の清太郎君には酒を飲む楽しみがよく分からない。
「さて、今日はみんなとも長く楽しんだからね、雛子君のお腹もパンパンだろう?」
「はい。みんな、沢山くれるんですもの」
居酒屋で出された料理で、雛子さんのお腹はいっぱいのようだ。
「もう薬は飲んだのかい?」
「こういうときはいつも飲んでるので安心してください」
「それはいい心がけだね」
胃薬のことだな、と清太郎君は思った。
清太郎君が飲み会に誘われてから帰ると、雛子さんはよく胃薬を用意してくれている。きっとどこかに常備しているのだろう。
「でも、もしかしたら、もう薬なんて要らないかもしれませんが……」
「それはどういう……ああ、そういうことか」
「うふふっ、今日は楽しかったぁ」
「それは良かった」
雛子さんは先生との再会を楽しんでいる。
清太郎君は「じゃあ切るね」と、静かに通話を切った。
たまには僕も地元の同窓会に参加して、昔の仲間と色々なことを話してみたいなあ、と思いを馳せるのであった。
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