第22話 ねっとりスイーツ

 事実というものは存在しない。

 存在するのは解釈だけである。


***


 ある日、また雛子さんはいつもの男友達と遊びに出かけた。清太郎君は家で仕事。


 よく遊びに行く雛子さんの出費が気になるところだが、銀行残高を見る限りでは著しい減り方はしていない。何度も大人数で遊びに行くと出費が大きくなりそうなものだが、いつも雛子さんはどこでどんな遊びをしているのだろうか。


 ふと清太郎君は雛子さんのことが気になって電話をかけてみた。


「今日は皆で何してるの?」

「あぁん、えっとね……」


 そのとき、電話のすぐそばでブィィ……という何かの振動音が聞こえてきた。


「ほらほら、だんだん泡立ってきた」

「やぁん」


 男の声も聞こえる。

 会話の内容からして、おそらく泡立て器を使っているのだろう。


「今、泡立ってきた、って言ってたね?」

「あっ、あのね、清太郎君。今、皆でスイーツ作ってるの」

「へぇ……スイーツを?」


 男友達の雰囲気からしてスイーツを作りそうな感じはしないが、彼らには意外にもそういう一面があるらしい。


「どう、ヒナ?」

「い、良い……良い感じかも」

「もうちょい回転数上げた方が良いかな」


 ブィンブィン! ブィンブィン!


 機械の音はさらに激しくなり、モーターの回転数が急激に上昇したことが分かる。そのせいで雛子さんは泡立て器の制御に苦戦しているのか「あん、あっ、んんっ」と小さな悲鳴を上げている。


 ビチャァ!


 案の定、何かが溢れる音がした。


「ああっ、出ちゃったな……」

「んふぅ……振動が、激しすぎるよぉ……」

「っていうか、ヒナ? この中にあるの何?」


 男友達が何かに気付いた。


「ここにあるお団子、抜き取って」

「うわ、すげぇ。こんなに大きいの、何個入ってるの?」

「んっ……ご、五個……ひぎっ!」

「こんなのどこで仕込んで来たの?」

「い、家だよぉ……」


 お団子?

 雛子さんはそんなものを持っていただろうか。いつも雛子さんが使う小さなバッグの中に大きな団子が入っていたとは、清太郎君は気付かなかった。


「旦那さんにはこういうの見せるの?」

「ダメぇ……こんなお団子見せたら、引かれちゃう」


 僕に見せたら引かれる団子って何だろう。意外な組み合わせの味付けがしてあるとか、かな。悪食と思われたくないらしい。


「ねえ、そろそろ……」

「分かってるって。この中をかき混ぜて欲しいんだろ?」

「うぎっ……!」


 また何かかき混ぜているのか。雛子さんも力を込めて必死に混ぜているようだ。声を押し殺している感じがする。


「こ、こっちのも、その棒で混ぜ混ぜしてぇ」

「うはっ。いつもはもっと硬いのに、もう良い感じにほぐれてるじゃん」

「硬い方が良かった?」

「ううん。こっちも好きさ」


 いつもはもっと硬い――皆でスイーツを作るのは初めてではない、ということか。多分、いつもとは違う材料か何かを使用したのだろう。


 雛子さんと男友達は分担して作業しているのか、あちこちで荒い息が聞こえる。


「あっ、くっ……あ、いっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 雛子さんは頑張っているようだ。


「やだぁ、練乳がこんなに……」


 ちゅぱちゅぱと何かをしゃぶっているらしい。

 まさか練乳をそのまま飲んでいるのかな。


「どう? 美味しい?」

「うん。やっぱり練乳って最高……」

「まだ俺の練乳あるけど、飲む?」

「ちょーだい」

「よしきた」

「ぶぶっ……おいひい。お腹、パンパンになっちゃうね」


 練乳ってそういう食べ方をするものではないと思うのだが。やはり雛子さんは悪食なのかもしれない。


「後で写真送るね」


 そうして電話は切れた。


 すると雛子さんから写真が送られてきた。顔中練乳だらけの雛子さんが写っている。気持ち良さそうな笑顔。口から大量の練乳を垂らし、カメラに向けてピースサインをしている。


 確かに雛子さんは甘いものが好きだったはずだ。しかし練乳が美味しいからって、そんなに飲んだら体を壊すのではないか。


 清太郎君は心配したが、雛子さんが楽しんでいるようなので良しとしよう。

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