第21話 スゴ腕の内科医
その日、清太郎君がいつものようにベッドから起きてダイニングに向かうと、雛子さんがパジャマ姿で椅子に座っていた。
いつもは早起きで、この時間には着替えを済ませているはずの彼女。清太郎君は彼女のことが心配になり「どうしたの?」と声をかけた。
「清太郎君、ごめんなさい……」
「どうしたの?」
「私、熱があるみたいなの……」
「ええっ」
体が熱く、頭がボーッとするらしい。全身の動きが鈍く、疲れているようにも感じる。
病気になった大切な妻を放ってはおけない。清太郎君は会社に連絡を入れて仕事を休み、雛子さんのために朝食の雑炊を作った。
「念のため、受診して薬を貰った方がいいかもしれないね。近くの内科まで送るよ」
「そんなぁ、清太郎君も仕事で忙しいのに悪いよぉ」
「これくらい大丈夫だって。仕事ならリモートでもできるし」
こうして、清太郎君は雛子さんを車に乗せ、近所の小さな診療所へ向かった。
* * *
車を走らせて数分。清太郎君たちは木造の古民家のような診療所に到着した。
「こんにちは。診察券を見せてもらえますか?」
「はぁい」
雛子さんは財布から診察券を取り出すと、受付の若い事務スタッフに渡した。
「え、診察券持ってたんだ」
「前にも来たことがあるから……」
他に患者はいないため、すぐに雛子さんの名前が呼ばれた。
「じゃあ、僕はここで待ってるよ」
「ごめんね清太郎君」
内部の気密性はそんなに高くなく、待合室と診察室を隔てるのは短い廊下と一枚の引き戸だけ。待合室には清太郎君以外に人がいないため、非常に静かだ。耳を澄ませると診察室での会話が聞こえてくる。
「雛子さん。お久し振りですね」
「先生、こんにちは」
「今日はどうなさいましたか、雛子さん」
「体が火照ったみたいに熱くて、クラクラするんです。先生に診てもらいたくて……」
「そうですか。では、体温を測ってみましょう……おや。かなり熱くなってますね」
「はぁん……変に火照って……」
「次は聴診器で心音を診ていきますね」
「はぁい」
「早速、服を脱いでもらえますか?」
聴診器を使うのだから、まあ服を脱ぐくらい普通か。
「かなり心臓がバクバクしてますね。緊張されてますか?」
「結構緊張してます」
「ははっ、リラックスして構いませんよ」
「はぁい……」
「それじゃあ、こちらの点滴を受けてみますか?」
「はいっ、お願いします」
「では、こちらに寝てもらっていいですか?」
「はい、せんせぇ」
「楽にして……それじゃあ、挿し込んでイキますね? ちょっと太いので、痛いかもしれませんが」
「あはぁん! くぅっ! あああぁぁ……」
点滴の針は太い。
待合室にまで響き渡るような大声を上げる。
雛子さんは注射が苦手だという話はあまり聞いたことがないが、そんな反応をしてしまうほどの激痛なのだろうか。
「どうですか、痺れはございませんか?」
「だっ、大丈夫ですぅ。思ったよりも太くてびっくりしちゃいましたけど」
「あまり動かないでくださいね。はい、リラックスして……」
「はっ……ああん……」
「いい感じに奥まで挿入できましたよ? 気分はいかがですか?」
「大丈夫です。痛みも引いてきましたし……」
「それは良かった。こちらの袋が空っぽになるまで、注ぎますからね」
「お、お願いします、先生ぇ……」
点滴のパックが空になるまで続けるらしい。少し時間がかかりそうだ。
清太郎君はしばらくメールのチェックなどで時間を潰していた。やがて雛子さんのいる治療室で動きがあり、耳を傾ける。
「んうっ! くおっ! 出てます! 先端からどんどん入っているの、分かりますかッ?」
「ああっ……このドクンドクンって来る感じが、そうなんですよね?」
「これで栄養がたっぷり注入されました。点滴は終了しますね。お疲れ様でした、雛子さん……」
「はぁっ、はあっ、先生こそ……お疲れ様です」
「食生活ではタンパク質を多めに摂るといいかもしれませんね」
そうして雛子さんは清太郎君のもとへ戻ってきた。
雛子さんは来る前よりも火照っているような気がするのだが、どこか表情はすっきりとしている。薬も貰ったし、これで治るのを待つしかない。
ふと清太郎君は雛子さんの腕を見た。
針を刺した後で貼る絆創膏が見えないのだが、もう雛子さんが外してしまったのかな。
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