第19話 最近のオモチャ
ある日、清太郎君が在宅ワーク中のこと。
妻の雛子さんは友人とショッピングに出かけた。胸元の開いたシャツにミニスカート。やけに露出が多いような気もするが、夏期だからそういう服装をチョイスしても仕方ないのだろうか。
清太郎君は雛子さんのファッションの趣味に口を出すようなことはしない。互いの趣味を否定するようなことがあれば、今後の夫婦生活に深刻な影響を及ぼしかねないという判断を下したためである。
仕事が一息つき、ダイニングで背筋を伸ばしていると、雛子さんから電話がかかってきた。
「ああん、清太郎君、まだ仕事中?」
「いや、これから休憩しようと思っていたところだよ」
「実は、清太郎君のために冷やし中華を作っていたのを伝えるのを忘れちゃって」
「え、そうなの?」
「冷蔵庫の上段に置いてあるから食べてね」
そのとき、電話の向こうで「ブーン!」という激しい音が聞こえた。
ラジコンのモーターのような音だ。一体、雛子さんは電話の向こうで何をしているのだろう。
「雛子さん、今の音は何? 機械みたいな音が聞こえたけど」
「あうっ、うんっ……い、今のは、オモチャだよぉ」
「おもちゃ?」
「沢山のオモチャをおおおっ! イッ……色々試しててええっ!」
喋り方がおかしいような気もするが、気のせいだろうか。
なぜ友人とのショッピングでそんなモーターの入ったオモチャで遊ぶのか。清太郎君は思考を張り巡らせる。
「雛子さん、オモチャ屋さんにいるの?」
「そっ、そうなのぉ。友達がぁ、どうしても試したいオモチャがあるって言うからぁ」
「子どもへのプレゼントでも選んでいるの?」
「あっ、そぅ、そんな感じいいっ! お友達がぁ、どうしてもって言うからぁんはぁ!」
この歳になると、周りの友達が子どもを産んだりするものだ。我が子のためにどんな玩具をプレゼントしていいのか分からない友人が、雛子さんに相談しているのだろう。
「最近のオモチャってすごいのねっ! 私、こんなオモチャで遊んだことがなかったの! ホントに進歩してて……頭の中がジンジンまでしてぇ、良い刺激が来ちゃうのぉ!」
脳への教育的な刺激のことかな?
そういう観点からオモチャを選ぶあたり、雛子さんが持つ子育てへの関心は高いようだ。まだ妊娠もしていない段階でオモチャを通した子どもへの教育を考えていることに、清太郎君は感心してしまった。
「動きが単調じゃなくて、予測できない! あっ、そこ良いのぉ!」
「そのオモチャで遊んでるの?」
「これ、いつもと違うのぉおっ! こんなのハマっちゃうッ!」
最近のオモチャの性能に、変な声を上げて喜ぶ雛子さん。大人も童心に帰って遊べるオモチャなんて、なかなか素敵ではないだろうか。
「私、このオモチャ気に入っちゃった……」
「それはよかったね。雛子さんも買ったら?」
「で、でもぉ。こんなオモチャで遊んでいるところを清太郎君に見られたら引かれちゃう……」
別に大人が子供向けオモチャで遊んだっていいじゃないか、と清太郎君は思うのだが、雛子さんはそういう世間体を気にしているらしい。
「ねえ、それってどういうオモチャなの?」
「大きな棒をね、穴に通すだけなんだけどぉ、棒が変形したり回転したり、単純じゃないのぉ」
「単純すぎるオモチャはすぐに飽きられちゃうからね。少しくらい複雑なオモチャがいいかもね」
「せっ、清太郎君もそう思うでしょお?」
立体パズル的なオモチャかな、と清太郎君は思った。最近のそういう分野のオモチャはどんどん進歩しており、頭を使う商品が開発されている、とニュースで聞いたことがある。
子どもへ与えるオモチャの方針を話すなんて、かなり夫婦っぽいことをしている気がする。
「これ、棒を二本同時に使って遊ぶこともできるの」
「へえ、そうなんだ」
「今ぁ、二本同時に、前後ぉっ、挑戦しているところなぉ。やっぱ最初は、なかなか奥まで入れるにはコツがいるけどぉ、しっかり奥まで届くと……たっ、達成感があって、きっ気持ちいいいいいいのぉ! あっ! キタキタキタ……! っはあんああっ!」
雛子さんは大声を上げ、宿題が終わった子どものように歓喜する。
それほど達成感のあるオモチャなら自分も試してみたいものだ、と清太郎君は思った。
「こんなの、何度も抜き差ししたくなっちゃうよぉ」
「それは良かったね」
「次はもっとレベルを上げて挑戦してみようかしら……ああん、勝手にリモコンでレベルを上げちゃ、ああっ! くアァ! またイッ」
こうして通話は終了した。
オモチャに夢中で、うっかり通話を切ってしまったのだろうか。
ふとリビングの戸棚に目をやると、収納クリアケースに入っているオモチャが見えた。ジェンガやパズル、カードゲームなど、昔の自宅デートで雛子さんと遊んだオモチャだ。
「久々に、こういうので雛子さんと遊んでみたいな」
たまには恋愛に奥手だった頃を思い出して、オモチャで遊んでみるのもいいだろう。
清太郎君はテーブルに色々なオモチャをスタンバイして、雛子さんが帰ってくるのを待った。
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