第4話 シチュー調理中
その日、清太郎君は職場から帰るとき、スーパーマーケットに寄っていこうと考えた。
もし雛子さんに何か必要な物があれば、帰り道のついでに買い物でもしよう。
清太郎君はそう思って、タイムカードを押した後、雛子さんに電話をかけた。
「もしもし、僕だけど……」
「んはぁ、清太郎君?」
「雛子さん、今何してる?」
「い、今ね、料理を作ってるとこ」
例に倣って雛子さんは電話中の息が荒い。もしかして雛子さんは電話が苦手で、緊張しているのだろうか。
「せっ清太郎君こそ、どうしたの?」
「もし家で必要な物があれば、帰るついでにスーパーに寄り道して買ってくるけど」
「えっとねぇ……ハァッ……うぅん……」
「料理で急に必要になったものとかない?」
「ちょっと待ってねぇ……今、頭が真っ白になっちゃって、思いつかないのぉ」
電話口の向こうからはパンパンと聞こえる。相変わらず三交代制の隣人が夕方に布団叩きをしているのだろうか。
それに加え、クチュクチュと妙な音までしている。一体、雛子さんはナニを調理していて、どういう工程を行っているのか。
「ンゥ……熱ッ!」
「だ、大丈夫? 火傷したの?」
「大丈夫。ほ、ほんと温度高くて……白くて、トロトロのが……アツアツで……うくぅ!」
熱くて、白くて、トロトロした料理?
はて、どんな料理があっただろうか。
清太郎君は思考をフル回転させる。
「もしかして、シチューを作ってるの?」
「ひゃっ……う、うん。そうなおッ!」
「本当に大丈夫?」
「ちょっと、ウインナーの味見しただけ……」
「シチューにウインナー入れたの?」
「も、もう中にぃ、そのまま入れちゃったんだけど……ぁん……」
シチューにウインナーを入れる――いつも清太郎君はシチューに鶏肉を入れるため、試したことのない組み合わせだが、もしかしたら意外に美味しいのかもしれない。
雛子さんの料理に対する期待が高まっていく。
「ウインナーが思ってたより、熱くって!」
「ホントに気をつけてね」
「い、一応、気をつけてはいるんだけどォ……変なのがデキちゃったら、ごめんねっ」
「雛子さんの作ったものなら何でも美味しいよ」
基本的に清太郎君は馬鹿舌かつ貧乏舌なので、あらゆる料理を美味しいと感じることが可能だ。アレルギー成分を含む料理以外、彼のストライクゾーンである。
「それで、あッ、りょ、料理……あっ、こんなの、あっ、デキちゃう!」
「デキちゃう?」
「アツッ、うっくぅ! っはぁ! ンウウウウウウウウッ!」
料理を作りながら何て声を上げるんだ。
非常事態でも起きたのかと、清太郎君は電話の向こうに耳を傾けた。
「うへぁ……こんなに濃くて固いの……スゴくて……アハッ、絶対に予定外のがデキちゃうよぉ」
「どうしたの?」
「何かね、し、シチューが、変な味で……このままじゃ他人に出せないのがデキちゃうかも」
どうやら、シチューが雛子さんの思ってた描いていた通りの味にはならなかったらしい。
「あ、あのね。もしかしたらルゥを入れすぎちゃったみたい」
「そうなんだ?」
「うん。かなり濃くて、ドロドロしちゃって……」
「だったらシチューにお湯を足せばいいんじゃない?」
「これ以上足したら、ホントにいっぱいだよ? お腹から溢れちゃう」
「僕が何とかするから、大丈夫だよ」
「ホント? ありがとう!」
清太郎君は雛子さんの料理が大好きだ。彼女の作る料理なら、いくらでも食べられる自信がある。
「じゃあ、もうちょっと作るの頑張っちゃうね」
「うん。楽しみにしてる」
「デキたら、覚悟してね。あ、それと、買ってきて欲しいもののメモをメールで送るから、少し経ったら確認しといてね」
こうして、雛子さんは電話を切った。
後に送られてきたメールには、買い物リストが記されていた。野菜や肉やお菓子、さらにはトイレットペーパーなどの日用品まで、リストに載っている物の種類が多い。これを全て揃えるにはスーパー全体を回る必要があり、少々時間がかかるだろう。
しかし、清太郎君は自宅で必死に家事をする雛子さんのために買って帰ると決めた。夕暮れの街に繰り出し、スーパーへ向かったのである。
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