第14話 帰省したムスコ(お風呂編)

 それから一時間後、清太郎君は目を覚ました。酔いが醒めて気持ち悪さは薄れてきたが、トイレに行きたいし、頭痛もする。


「雛子さん、いる?」


 隣の布団は綺麗な状態で保たれており、妻の姿もない。

 確か、雛子さんは清太郎君が寝室に戻った後も酒を飲み、風呂場へ向かったと思っていたのだが、まだお風呂にでも入っているのだろうか。


「うぅ……雛子さん、どこにいるんだろ……」


 清太郎君はふらふらとした足取りでトイレに行き、それから洗面所に向かった。


 洗面所の隣――浴室から音が聞こえる。

 脱衣籠には雛子さんの服と、父の服が入れられていた。どちらかが入っているのだろうか。折り畳み式の扉には曇りガラスが張られ、中の詳しい状況は分からない。湯船が設置してある辺りで肌色の人影は見えるものの、人物の判別は難しい。


「誰か、入ってる?」


 清太郎君は浴室に向かって声をかけた。


 すると――


「はぁい。挿入はいってまぁす」


 雛子さんの返事があった。湯船に浸かっていたのは、雛子さんだったのだ。


「雛子さん、まだお風呂に入ってるの?」

「そ、そうなの。さっきの匂いが残っちゃうと嫌だから……綺麗に洗わないと……」


 さっきの匂い?

 お酒や料理の匂いのことかな?


「はあんっ……熱いぃ」


 熱い?

 湯が熱いのだろうか。実家の給湯器は温度維持のため、たまに湯を温め直すことがある。ただ、機器の調子が悪いと熱湯を出すことがあり、注意しなければならなかった。


「雛子さん、大丈夫? この家の給湯器、給湯口からたまに熱湯が出るから気を付けてね」

「んうっ……今、出てるっ! あっ、熱いのが出てるのおっ!  はぁっ! どんどん、噴き出してぇっ!」

「ホントに大丈夫?」

「はあっ……はぁん……この熱いのが、気持ちいいのお。体の芯までじんわりして、燃え上がってきちゃった」


 雛子さん、いつも自宅ではぬるま湯に浸かっていると思っていたが、意外にも風呂は熱い方が好きなのかもしれない。


「父さんがどこにいるか知らない?」

「えっ、何か、町内会の会合……だったかな? あ、明日、町全体で野菜の植え付けをするらしいから……ぅっ、はっ……イッちゃった」

「ふぅん。そういえば、僕が子供の頃、そんなことをやってたっけなぁ」


 確かに、この時期には地域の人間が手を貸し合って田畑に作物を植えていたはずだ。こんな風に打ち合わせをしていたのは初めて知った。親父は自分の知らないところで、色々とイベントの調整をしていたのである。


「ねぇ、清太郎君って、ずっと一人っ子なんだよね?」

「そうだけど?」

「弟か妹を欲しくなったこと、ない?」


 急にそんなことを聞くなんて、どうしたのだろうか。夫の実家に来て、幼少期の生活ぶりを知りたくなったのだろうか。


「そりゃまあ、欲しくなったこともあるけど……」

「あんっ、ホント?」

「でも今は、雛子さんがいるから寂しくないよ」

「んくぅ!」


 突然、雛子さんは変な声を上げた。


「どうしたの? 変な声がしたけど?」

「だ、大丈夫だよぉ。また熱いのが挿入はいってキちゃっただけ……」

「そっか。気をつけてね」

「はぁん、清太郎君が私がいれば寂しくないなんて言うからぁ、熱くなっちゃった」


 清太郎君なりに自分の気持ちを表現したつもりなのだが、奥手な雛子さんには刺激が強すぎる言葉だったのかもしれない。


「あ、僕はまた寝るから、もうお風呂の栓を抜いちゃっていいからね」

「はぁん! 今、抜いちゃ、ダメぇ!」

「えっ、抜いたらダメなの?」

「ああん。そう! んぅ、まだ抜いちゃダメ……イッ……お、義父とうさんゥ、もう少しでキちゃうからぁ!」


 父が帰宅後に風呂へ入ることを心配しているのだろうか。親父にそんなに気を遣わなくてもいいのに……。


「父さん、会合から帰ってきたら、『また入浴する』って言ってたの?」

「そ、そう! 清太郎くぅん! それで、出るぅ! 私もっ、もう出ちゃうからぁ! こ、こんなの、熱すぎて! おかしくなっちゃううううううッ! アハン、アアアアアアアアッ!」


 曇りガラスの向こうで、ザパンと水の跳ねる音がする。それからガラスにプシャプシャと大量の水滴がかかった。雛子さんが熱湯に耐え切れず、湯船から勢いよく立ち上がったのかな。


「ああっ、清太郎君。ごめんなさい。扉に水が沢山かかっちゃった」

「雛子さん、もうお風呂出る?」

「はぁっ……はぁっ……あまりに熱くて、思わず飛び出ちゃったの」

「うちの父さん、給湯器の温度設定を高めにすることもあるからさ。ゆっくり体を冷ますといいよ」

「はぁん、でもっ……気持ちよかった。すっごい満たされた感じがする」

「それはよかった」


 こうして、雛子さんが脱衣所へ入ってくる前に、清太郎君は寝室へ戻った。しばらく目を閉じながら雛子さんを待っていたが、彼女が現れる前に眠ってしまった。

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