第13話 帰省したムスコ(飲み会編)
大型連休中、清太郎君は雛子さんを連れて実家に帰省することになった。
高速道路を走り、それから田畑に囲まれた一般道に入る。のんびりとした田舎の空間だ。
清太郎君の実家は、生垣に囲まれた木造一軒家。現在は清太郎君の実父が一人暮らしをしている。
「やぁ、雛子ちゃん。いらっしゃい」
「おじゃましまぁす」
駐車場に車を止めると、玄関から清太郎君の父親が出迎えてくれた。白髪の多い、腹がビールでポッテリ太った親父である。
夕方、居間のちゃぶ台には雛子さんの作った豪勢な料理が並んだ。貝類や魚類など、精のつく料理が多い気がする。
「こんな豪華な料理は久し振りだよ、雛子ちゃん」
「そうなんですかぁ?」
「ああ、雛子ちゃんが毎日家にいてくれたらいいのになぁ。俺の嫁に乗り換えないか?」
「やだぁ、お
父は雛子さんの料理を貪るように食べ進めていくと、「そう言えば……」と何かを思い出し、台所の戸棚を開けた。
「さぁ、みんな、こいつを飲まないか? 買っておいたんだ」
父から差し出されたのは、高価そうな酒。
早速父は栓を抜くと、清太郎君と雛子さんのグラスに注ぎ込んだ。
「おいおい父さん、僕が下戸なの知ってるだろ?」
「まあまあいいじゃねえか。さあさあ、せっかく帰ってきたんだから、少しくらい飲んでいけ。この町で一番高い地酒なんだから、飲まないともったいねえぞ?」
「もう清太郎君ったら心配性なんだから。少しくらい大丈夫だって」
下戸な清太郎君ではあるが、親父と妻の強い勧めには勝てなかった。
「そこまで言うなら、少しだけ……」
「おおっ、いいねえ!」
清太郎君がその酒を飲む様子に、父はニヤリと笑った。
案の定、しばらく経つと清太郎君に気持ち悪さが襲ってきた。頭が重くなり、視界がぐらぐらと揺れる感覚がする。
清太郎君はお酒を飲んで気持ちよくなった経験があまりない。しかしその一方、清太郎君の父親はお酒が大好きで、よく仕事帰りに酒を飲んでいた。おそらく清太郎君の下戸は母親からの遺伝だと思われる。母親が逝去した現在、確かめる術はあまり残されていないが。
「ごめん、僕は先に寝るよ……」
「大丈夫、清太郎君?」
「しばらくすれば回復すると思うから、大丈夫だよ」
「そっか。おやすみ」
清太郎君は雛子さんと父親を居間に残し、襖を一枚隔てた自分たちの寝室へ入った。布団へ倒れるように寝転んで目を閉じると、雛子さんたちの会話が聞こえくる。
「いやぁ、それにしても、雛子ちゃんがウチに来てくれて嬉しいよ」
「ふふっ、お義父さんったら。お世辞が上手なんだから」
「いやいや。俺のムスコも元気そうで、いやぁ、よかったよかった」
普段は離れて暮らしている父であるが、遠くからでも自分のことを心配してくれているということなのだろうか。
二人とも酒を飲んで機嫌がいいのか、声が大きくなってきた。
「私も、お義父さんのムスコさんが大好きです!」
「そりゃあ嬉しいね。いつもムスコの世話をしてくれてありがとうよ」
「どういたしまして。これからも、たくさんお世話をしますね。んっ」
雛子さんも父も、僕のことを子ども扱いしている。
「それにしても、この貝は美味いな」
「あんっ! はぅ! そ、そんなに激しく食べちゃ……んっ」
「すごく、舌触りが良い」
「そ、そうですかぁ。あんまり自信はないんですけどぉ。も、もっとゆっくり……」
父が雛子さんの貝料理を貪っているらしい。雛子さんは料理を喉に詰まらせることを心配しているのか、父にゆっくり食べるよう促す。
「ひゃあん! こんなに溢しちゃった……」
「すげえ勢いだったな。畳がびちゃびちゃだ」
「ごめんなさい……私、お酒が入ると、こんな感じで……気持ちよくなって、つい……」
「ここの栓が抜けちゃったんだな」
雛子さんが誤って酒瓶の栓を抜いてしまい、畳に酒を溢してしまったらしい。
「しょうがねえから、俺が少し飲んでやるよ」
「お、お義父さん、そんなところ、汚いですよ?」
「ジュルッ……ジュゾゾゾッ!」
「あぁんっ、ひゃあ! んぅ、もうっ!」
溢した酒がもったいないらしく、親父が畳の酒を吸っているようだ。
何をヤってるんだ親父。僕の妻の前で、みっともない真似をしないでほしい。
「せっかくだから、真っ白な濁り酒も味わってもらおうかな? ここの酒蔵でじっくり熟成された一品だぁ」
「わぁ……こんなに立派なのをくれるんですか? 楽しみです!」
「清太郎には内緒だぞ?」
「大丈夫ですよぉ。絶対、内緒にしますからぁ」
別に、僕の知らないところで酒を飲んだところで怒らないのに……。
酒に興味のほとんどない清太郎君は、高級な濁り酒など至極どうでもよかった。
「んくぅ……結構、キツいですね」
「ははっ、そうだろ? すんなり飲み込めるヤツはなかなかいないさ。ウチの妻も、こいつに苦しがってたのが懐かしいなぁ」
度数が高く、お酒が好きな雛子さんも濁り酒に苦戦しているようだ。
清太郎君もそういう酒を試飲したことがあるが、あまりの不味さに吐き出しそうになったことがある。あんなもの、どうして美味しく飲めるのか疑問だ。
「どうだい? やっぱり止めちゃうか?」
「ううん。もっと欲しいですっ!」
「それじゃあ、雛子ちゃんがもっと気持ちよくなれるように、沢山注いじゃおうかな!」
どうやら父が雛子さんへさらに酒を注いでいるようだ。
一人暮らしだった父は、酒を一緒に飲める仲間ができて嬉しいのかもしれない。
「雛子ちゃん、だいぶ火照ってるね」
「そ、そうですかぁ?」
「スゴく気持ち良さそうだ。ホントにこいつが気に入ったんだね」
「はいっ!」
耳を澄ませると、パンパンという音も聞こえる。
父が雛子さんに酒を促すために、手を叩いてリズムを取っているのだろうか。
「それじゃあ、こいつを、直接――!」
「はいっ! お義父さん! んんっ!」
「いい感じに咥え込んだな。最後の一滴まで、気持ち良くなってくれよ!」
今度は瓶を直接口に運び、ラッパ飲みをしているようだ。
「んぅ……くぅん……ハアアアアアアアアアアンッ!」
度の高い酒を飲みきり、大きな吐息を漏らす雛子さん。
美味しかったのだろうか。雛子さんの吐息は、どこか満足げだ。
「どうだ? 雛子ちゃん、ちゃんと立てるかい?」
「ダメです……足元がガクガクして……頭もフラフラするんです」
「ここで続きをしたいところだが、こりゃ早く布団に入った方がいいかもな」
「うふん……そうですねえ。でも、その前にお風呂に入ったり、寝る準備をしないと」
「そうだなぁ」
こうして、二人の足音は廊下に向かっていった。しばらくしたら、雛子さんも自分のいる寝室に入ってくるだろう。
清太郎君の意識は酒の影響で少しずつ遠退き、外から聞こえる虫の音色に包まれながら消えていった。
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