第13話

「まさかぁ、その坊ちゃんがオークの棲む廃墟をどうにかしてくれるって言うんですかい?」

「ははっ、そのまさかだよ。

 俺たちはコイツの付き人、荷物持ちみたいなもんだっ」


 馬車は、半日借りると1000G。

 それが最低の金額なのだが、もちろんメリットは多い。

 待機中の御者(馬車を運転する人)は、いつも街で加工品を作っていることが多い。

 そして、そういう人たちを冒険者は『空き馬車』と呼んでいるのだ。


 移動中以外は、だいたいがモンスター除けのお香を焚いて待機する。

 その間も手仕事をすることができる、なかなかに人気のある商売なのだ。


『いやぁ、最近はオークの皮が手に入り難くてねぇ』

 ちょうどこの空き馬車は、オークの皮を加工して防具を作ることを主としていたようだ。

 そんな話から、何故か僕が廃墟の全てのオークを倒す話になってしまっていた。


「まぁ見ていなって、ガッツリ稼げたらおっちゃんにも分け前をやるからよ」

「そりゃあありがたい。

 そうや、乗り心地はどうでっしゃろ兄さんがた」

 羊毛の入ったクッションを取り出して、僕たちに手渡す御者のおっちゃん。


 そんなものがあるのなら最初から出して欲しかったが、まぁサービスなのだから文句も言えまい。

 いい加減に尻が痛いと感じてきたところだったのだ。


「着いたよ兄さんがた、私は少し離れたところで香を焚いているからね。

 一応何かあったらすぐに出れるようにしておくが、モンスターの群れを率いてくるのだけは勘弁してくれよ」

 冗談っぽく笑う御者のおっちゃん。

 フラグじゃないよね?

 ゲームだから、そういうところが不安で仕方ないんだけど……


「おー……いるいる。

 二人とも気をつけるんだぞ、オークには物理攻撃の得意な奴と、魔法や罠を使う奴がいるらしいからな」

 ボジョレが門のそばに立って中の様子を見る。

 元は小さな街だったこの廃墟も、ひとたびモンスターにやられてしまうとここまでひどくなってしまう。

 そんな例に挙げられるような場所らしい。


 だから石造りの門もしっかりしているし、建物も面影は残っている。

 だけど……


「なんとかファイターとか、なんとかメイジってさ、どっちかっていうとゴブリンのイメージなんだけど」

 オークっていうと、棍棒を振り回すようなイメージだし、ギルドでは動きが鈍いとか言っていたし……


「ん? そういやゴブリンなんてモンスターもいたっけなぁ。

 よく知ってるな坊主」

 くそっ、さっきまで子供子供と言われていたけれど、遂にボジョレにまで『坊主』と呼ばれてしまった。


 いやいや見てよこのふさふさの髪の毛。

 少なくとも現実世界の自分と比べたら天と地の差だよ?

 あー……自分で思っててちょっと嫌になる。

「ストレス発散に暴れてきていい?」

「いやいや無茶すんなってスノウ。

 いくらお前でも一人でアレは……」


 アランが言い終わる前に、僕は目に止まった一匹のオークに向かって走り出す。

 一発……二発……三発!

 オークが攻撃を受けてこちらに気付く。

 だが遅い、さらに追撃を二発!

 右腕を大きく振りかぶったところで、僕は距離をおく。

 さすがに防御力は低いのだ。

 一撃だろうともらうわけにはいかない。


 ブンッ!

 オークの右腕は空を切る。

 それを確認してさらに追撃三発!

 パァァァン……


「よしっ、一体討伐完了!」

 僕は、周囲に魔物の姿がないかを確認し……


 ……いないわけがなかった。

 既に気付かれていて、内一体は間近に迫っていた。

 悠長に素材を拾うわけにもいかずに、近くにいたオークに斬りかかる僕。

 それを倒したと思ったら、また別のオークが近付いていた。


「なぁ、俺たちって何をしに来たんだ?」

「何ってそりゃあ、スノウ様の荷物持ちだろう?」

 スノウの動きが早すぎるせいで、戦闘に加わるタイミングが全くわからないアランとボジョレ。

 下手に近づけば自分が怪我をしそうだったものだから、二人は遠目に見ている他なかったのだった。


「ちょっと! ずっと見てないで、倒すのを手伝ってよ!」

 二十体ほど倒して、ようやく周囲にオークの姿が見えなくなった。

 僕は二人のもとに駆け寄って、文句を言う。


「いやぁ……そうは言ってもなぁ」

「あぁ、俺たちは荷物持ちだしなぁ」

 いつまでその設定を引っ張るつもりなのだ。

 それに、ウルフを倒せるくらいならこんなオークくらい余裕じゃないか。

 それに戦ってみてわかったけど、やっぱりボジョレの言っていたのはゴブリンのことだろう。


 次はちゃんと戦いに参加すると約束させて、僕たちは一旦拾い集めた素材を馬車まで運んでおいた。

「こ、こんなにも狩ってきたんですか??

 まだ一時間も経ってませんぜ!」

 まぁ、一時間どころかその半分も経っていないのだけど。


 だから僕たちはもう一度廃墟へ向かう。

 それに二十体ばかしのオークを相手にしたことで、新たなスキルも得ることができたのだ。

【無双:攻撃を受けない限り、自身の攻撃力は徐々に上がる。最大で二倍に上昇】


 今度の習得条件はなんだったんだろうな?

 おそらくノーダメージで百回以上攻撃するとか、時間内に一定数を倒すとか。

 格下相手じゃ簡単すぎるから、レベルが均衡している相手を一定時間内にノーダメージで一定数……

 うん、まぁあり得るのはこのあたりだろうな。


 二倍というのはありがたい。

 基本的に僕はダメージを受けてはいけないのだから、効果は永続みたいなもんだ。

 それともう一つ……


「おいおい……さっきよりもひどくなってないか?」

「子供だから成長が早いんだな。

 いいじゃねーか、アランはアレのお気に入りなんだろ?」

 武器が違うわけではない、急所を狙っているわけでもない。

 それなのにスノウの剣は強くなっていく。

 今ではオークが拳を振り上げた頃には倒してしまっているのだ。


【怪力リング】

「やっぱり攻撃力アップの装備品は大事だよね」

 僕は右手に着けた指輪を見ながらニンマリとしていた。

 いい歳のおっさんがこんな表情をしていたら、多分周りの人たちは引いてしまうだろう。

 いいんだ、今の僕は子供なのだから。


 何体ものオークを倒して、ただ一個だけ手に入った指輪はおそらくレアドロップ品。

 名前くらいはわからないものかと眺めていたら、鑑定……ではなく【目利き1】を習得した。

 名前がわかれば、おおよその効果は想像がつく。


「おい……スノウは一体どうしちまったんだ?」

「知るかよ……モンスターを殺しすぎておかしくなっちまったんじゃねぇのか……?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべている少年は、本人が思っている以上に気味の悪いものだったのだ。

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