第17話

「どうしたんだ坊主、今日は狩りに向かわないのか?」

 時々見かける、スキンヘッドのおっさん……まぁ中身は僕も同じくらいの歳なのだけど。

 剣を使わずに小手で戦う姿から、通称ゴッドハンドが僕に声をかけてくる。


 ギルドの奥の部屋で、在庫の整理をしていたのだ。

 たまたま受付の近くを歩く僕を見て、不思議に思ってしまうくらいには『僕=戦闘狂』のようなイメージがあるのだろうな。


「大した理由じゃないよ。

 こうやって素材に触れていると、調合や鑑定のスキルが得られるような気がするからさ」

「おもしれぇ坊主だ。

 そんなことでスキルを覚えられるんだったら、俺も一緒に手伝ってやろうじゃないか」

 ガハハと豪快に笑うゴッドハンド。


 それはともかく、何度も言うが僕は坊主じゃない。

 髪の無いのはそちらではないのか?

 いやいや、そんな事を口にするわけにもいくまい。


「だ……大丈夫だよ。

 僕だって、お金を貰えるから手伝っているだけで、さっき言っていたのは『そうだったら良いなぁ』ってだけのことだしさ」

 本気にしないでよ……なんて言い方で、僕は言葉を濁す。

 ただ、実際に素材の知識1なるスキルは習得してしまった。

 これに関しては、触れたことのある素材の種類が影響しているのだと思われる。


 とにかく見たこともないような素材を、何度も空間収納に出し入れしながら倉庫の整理した。

 すると、すぐにそのスキルは2にレベルが上がったのだ。


 そのこと自体は狙い通りだったし、ラッキーだと自分でも思う。

 ただ、そこで整理していて気付いたのだけど、先日渡したばかりのオークの皮が見当たらなかったのだ。


「ねぇ親父さん、オークの皮って人気があるの?」

「あぁ? そりゃあ最近はよく無くなるが……

 それよりもおめぇ、整理は終わったのかよ?」


 そんなこと言われなくても、ちゃんと終わらせている。

 街に戻る前に、ギリギリ空間収納のレベルも上がったし、ミスリルの剣も入るようになった。

 今はリンゴの木箱ごと収納できるくらいには使いこなせるのだから。


 翌朝になっても僕は街にいた。

 倉庫の整理は終わったので、今度は受付をアイズと共に行っていたのだ。

「どうだ、こんな素材見たこと無いだろう!」

 自信満々に僕に素材を手渡す冒険者。

 子供だからって、からかって良い気分に浸りたいのかもしれないが……


「ライノニャルの牙って、相場幾らでしたっけ?」

「うーん……滅多に扱わないから、調べてみないとわからないわねぇ……」

 結局、過去の買取相場から参照して、一本12000Gで買い取ったのだが、冒険者は納得のいかない様子だった。


 金額が、ではなく僕が素材の事を知っていたからなのだろう。

 確かに倉庫にも在庫は無いけれど、見ただけで素材名が分かる僕には意味のない虚勢である。


「こ……これならどうだぁ!」

 なんて言って、自作の装備品を持ってこられたこともある。

 多分前々から出すタイミングを狙っていたのだろうなぁ……


 運悪く僕のスキルレベルも上がってしまったものだから、『革の鎧よりも弱いみたいです』なんて言ったら、アイズは買取拒否をしていた。

 ごめんなさい、茶髪のお兄さん……


「おいっ、オークの皮があったら譲ってくれ」

 ローブを羽織った男性など、普段はあまり見ないのだが。

 僕はアイズに確認を取るが、やはりオークの皮は在庫が無いようだ。


「あの……どうしてオークの皮を?」

 聞くだけならタダ。

 ただし相手の機嫌を損ねない程度に。

「どうしてって……先日大量に入荷したと聞いたからに決まっているだろう。

 魔法の研究にも必要だし、最近はどこに行っても手に入らないんだよ」


 使い道は詳しくはわからないけれど、これを欲する人が多いのは間違いないみたいだ。

 以前は必要な人だけが購入していたから、在庫が無くなる事は少なかったらしい。

 親父さんも、『今回の品薄状態はどう考えても異常だ』なんて言っていた。


「それって、誰かが意図的に買い占めているんじゃないの?」

 なんて思うのは、ごく最近トイレットペーパーやマスクの買い占めが現実世界で起こっていたからだった。

 そして、イベントなどあって無いようなこの世界。

 もしそんな事をする人物がいるとすれば……


「別のプレイヤー……?」

 いやまさか……ここまで何日も出会わなかったのだから、きっとこの世界にはプレイヤーは自分一人。

 チャッピーは『他のプレイヤーの所に……』なんて言っていたけれど、多分それも演出か別世界の話に違いない。


「少しだけでいいなら、知っている人に頼んでくるけど……」

 僕は御者のおっちゃんを思い出して口にする。

「それでもいい! 金なら倍払うっ!」

 いや、そんな端金のためにどうこうしようという気持ちはない。

 だけど、この人が本当に欲しいのだという気持ちは伝わってきた。


 次の日、僕は約束通りオークの皮を二枚、フードの男に渡す。

「あぁ……ありがとう……

 もう今日がダメだったなら、私たちの研究所は解体されるとこだったよ……」


 なんだろうか、この違和感は。

 ものすごくイベント発生な気がして仕方ない。

 例えば……そうだ、似たような研究をしている別の施設による買い占め行為。

 おかげで別の業種の御者のおっちゃんにまで被害が及んでいた……


「ねぇ……」

 僕は男に聞いた。

 買い占めることで損得の生まれそうなライバル会社。

 もしくは異業種、そうでなければ最近話をした貴族など。


 すると案の定、彼らの研究所にやってきた貴族の……息子?

 なんだ息子か。

 だったらお灸をすえる程度だな。


 その息子が、オークの皮の重要性について詳しく聞いてきたらしい。

 もう、僕としては犯人は決定したわけだが、とりあえず最後まで聞いてみる。


「そりゃあ防具としても日用品としても重宝される逸品ではあるんだが……」

 男の話は意外と長く、研究の結果生まれた新しい金属の特性。

 また、モンスター特有の不可解な行動の原因の推察など……


 僕にとっては『どうでもいい話』をつらつらと述べていたのだった。

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