第7話

「ここが私の家よ。

 家族は別の場所に住んでいるから、遠慮しないで入ってちょうだい」

 アイズが案内してくれたのは、ギルドから近い一軒の小さな石造りの家だった。


 ギルドのすぐ近くに建っていて、この街では割と立派な建物である。

「アイズさんみたいな素敵な女性が一人暮らしって、危ないんじゃないの?」

「やぁだもう!

 あんまり子供がませたこと言うんじゃないぞ」


 こんな見た目だし、何でも思ったことを言ってみただけなのだが……

 アイズへの印象も悪くないみたいだし、こんな生活もアリかもしれないな。

 まぁ、現実の小太りおっさんの俺が口にしたら、きっと通報されてしまうのだろうが……


 寝室は一つ、当然僕とアイズが一緒に寝るわけなのだが、見た目は子供でも頭脳は大人なのだ。

 まさか架空の世界で俺は名探偵にでもなれということなのだろうか?

 アイズと反対の方を向き、ドキドキと胸打つ鼓動を抑えつつ、僕は1日の出来事を思い出していた。


 結局モンスターとは戦っていない。

 うさぎを一匹抱き抱えて街に来た。

 待たされて身の潔白を証明して、そういえばおじさんはどうなったのだろうか……

 朝に荷物を受け取ってから、波乱の1日……1日??


「そうだっ、ログアウトは??」

 ガバッと布団をめくると、隣で寝ていたアイズが『うーん……』と唸りながら布団を引き寄せる。

 危ない危ない……うっかり起こしてしまうところだった。


「でも、ステータスも出ないしなぁ……

 ステータスオープン!」

 僕は小さい声で再び試してみる。

【スノウはスキル:自己診断1を習得】


 いやあの……そんなことよりメニューが見たいのだけど……

 インフォメーションの言葉に呆れつつ、再びメニュー画面が見たいと願ってみる。

 すると……


【スノウ:レベル1】

 なるほど、自己診断1ではレベルがわかるのだな。

 いやいやそうではない。

 おそらくこれは不具合に違いない。

 現実世界では今が何時なのかもわからない。

 ゲームとして、そんなシステムでは都合が悪すぎる。

 どうにかして現実に戻りたいのだが、どうすれば良いのか全くわからなかった。


 そうこうしている内の、僕のゲーム内生活は三日目を迎えていた。

 よくよく考えてみれば、こんなにも楽しい世界で何が不満なのだろうと考え始めていた。

 ゲームの中での食事で、意識だけかもしれないがお腹は満たされている。

 それにもしも現実世界と同じ時間の流れであるのなら、家族の誰かが呼びに来ているはずだ。

 総合的に考えて、ゲームの外ではまだ数時間経ったかどうかというところなのだろう。

 もしくは、序盤はセーブポイントが少なすぎて、より時間の流れが違っているのかもしれない。


 目が覚めたら一時間しかゲームをプレイしていない、なんて状況だったら、とても素晴らしいことじゃないか。


……なんて自分をごまかしてはみるけれど、やはり不安は拭えないでいた。

【スノウ:レベル4】

【HP:31/31 MP0/0】

 村の草むしりの際に倒したスライム23匹。

 僕のレベルは少しだけ上がっていたのだった。


 子供たちで草むしりやゴミ拾い、街の細かな依頼をこなしていると、同じくらいの背丈の子が叫びながら近づいてくる。

「またスライム?

 いいよ、僕が倒してあげるよ」

 初期装備とはいえ、攻撃力は市販のものと遜色ない。

 武器を持たない子供たちには脅威かもしれないけれど、僕には雑魚にしか感じていなかった。


 なんとかっていうウルフに比べれば、スライムなんて可愛いものだ。

 むしろペットにしたいくらいのモンスターだ。

「ダガースラッシュ!」

 なんてカッコいい風にセリフをつけて斬りつけているけれど、結局のところダガーで斬っているだけである。


 今になって思うけれど、この姿で良かったと思う。

 重装兵が素早さ極振りって、一体どんな冗談だよ……と、そんなことを思ってしまったのだ。


「さすがぁ!

 やっぱりスノウはすげぇよ!」

「スノウさん、こんど私にも武器の扱い方を教えて欲しいです」

 男女問わず、今の僕は人気者であった。

 誘われて教会に行けば、算術や文字の学習風景に出会う。

 ゲームなのだし設定言語は日本語なのだ。

 当然計算はできるし言葉は理解している。


「なぁなぁ、俺も冒険者登録すれば、そんなに強くなれるのか?」

 今日はよくそれを聞かれる日だった。

 もちろんそんなことはなく、むしろ冒険者の教養は低い方だと思っていた。

 日々魔物を倒すことが重要になるものだから、行政なんかは二の次なのだろう。

 まぁ、金勘定は早かったから計算だけはできるみたいだけど……


「今はちゃんと学ぶことが大事だよ。

 僕はたまたまそれを教えてくれる人がいただけさ」

 小さい頃は国語や算数になんの意味があるのかと思っていた……

 だけど、こうやって別世界で生活してみると、その大事さがよく分かる気がしてしまう。


 まぁ、このゲームがそんな教養のために作られているとは思わないし、プレイヤーがいい気分になれるように作られているんだろう。

 僕は倒したスライムから手に入れた薬草を、教会の子供達に渡してあげる。

 これも子供達にとっては大事な収入源。

 アイズさんにお世話になっている僕が貰ってしまうと、子供たちの生活も大変になるからなぁ。

 しかし、このままではスライムも倒せない子供達の出来上がり。

 何か考えるべきなのだろうかと……そんなことを思うのだった。

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