第8話

「今日はモンスターを怖がらないために、あえて呼び方を魔物と動物に変えてみる。

 魔物はその名の通り、魔の力で変質してしまった凶暴な生き物!」

 なんて言ったところで、小さな少年少女に理解できるはずもない。


「うさぎは臆病だし、こちらから危害を加えなければ怖い生き物ではないよ。

 でも、アーリビルケドゥは常に獰猛……じゃなくって、お腹を空かせていてね、目に止まったものは、僕たちさえも餌だと思って飛びかかってくるんだよ」

 久々に口にした気がするアーリビルケドゥ……


 教える時は『ウルフ』と言ってやろうかと思ったのだが、それではこの世界の子供たちが恥をかくかもしれない。

 名前を思い出すために、わざわざ街の外へとアイズと共に向かったのだよ……


「ねぇせんせい、あーりびるけどぅは、どうしておなかをすかせているの?」

 実に子供らしい質問だった。

 さて、これにはどう答えてあげようか。

「うーん、きっと仲間を増やしすぎたんだろうね。

 家族が多いとそれだけ食べ物も必要になるんだよ。

 アーリビルケドゥも生活のために頑張って餌を集めようとしているんだね」


 だからって、当然襲われる方はたまったものではない。

 まぁ人間社会に置き換えても、生活のためなら周囲の目は気にしないなんて人は多くいる。

 そんな俗世から離れたいなんて思ったこともあったけれど、よく考えてみれば今の自分も似たようなものである……


「どうしたのせんせい?」

「ううん、なんでもない。

 もちろん君たちにはアーリビルケドゥの退治は無理だろう。

 だから、うさぎみたいな大人しい生き物以外に出会ってしまったらすぐに助けを呼ぶんだよ。

 なんていっても僕たちには大人が付いているんだから」


 そう、頼れる者は頼ればいいのだ。図々しくない程度には。

 恥ずかしいだのプライドが許さないだのと。

 そんなことを言って、痛い目をみるくらいならば……


 なんて偉そうに僕が講義を行なっているのが、子供たちの集まる教会だったりする。

 スライム退治について相談に行った際に、ぜひその考えを子供たちの前で話してほしい、なんてことを頼まれてしまった。

 シスターと呼ばれる女性たちは、普段は野菜作りや掃除が主な仕事で、魔物退治にはてんで疎いのだと言う。


 『まぁ……でしたら少しくらいは……』なんて請け負ってしまった僕だったのだ。

 偉そうに教えられるような立場では無いし、倒したモンスターなんてスライムくらいのもの。

 でもまぁ、街の外へは滅多に行かないという子供達に、知っていることで良いから教えてあげて欲しいと頼まれてしまったのだ。


「で、だ。

 実際に見てみないことには、それがどんな魔物なのかはわからないと思う」

 僕は今朝捕まえたばかりのうさぎを一匹。

「すっげぇー!

 なぁ、これって先生が捕まえたの?」

 生きたうさぎを前に興奮する子供達。

 僕のことを先生と呼ぶが、本当にこれくらいしか教えてあげられないのだからもどかしい気持ちになる。


「ふ、ふふん。

 僕はこれでも冒険者の一人だからね」

 アイズには外に出ないよう言われていたけれど、それではゲームらしさが全く無いじゃないか。

 どうやら街の周辺には動物とウルフくらいしかいないみたいだし、ウルフからは逃げていれば問題ないだろう。

 素早さにステを振っておいて良かったよ全く。


 僕は街の掃除とは別に、生きたうさぎの納品で小銭を稼いでいた。

 いっぱしの冒険者でも罠をはって捕まえるのが普通らしいのだけど、レベル1からすでに僕の素早さは冒険者の平均を上回っているようだ。


【スノウはスキル:モンスター使役1を習得】

 お、久しぶりに変わったスキルが手に入った。

 午後になって、再びうさぎ狩りをしていた時のことだった。

 捕まえたうさぎを、抱き抱えて落ち着くまで胸の中でじっとさせる。

 街に戻ってから暴れられても困るから、いつも僕がやっている行動だった。


 もちろん懐いてはくれないのだけど、諦めたのか慣れたのか、少しは大人しくなってくれるので今のところ僕の力でも暴れて逃げ出すようなことはなかった。

「おうっ、また捕まえてきたのか!

 こりゃあもう坊主なんて呼べねぇなぁ」


 ギルドで強面のおっさんに、生きたうさぎを手渡すと、僕は100Gを受け取る。

 残念ながらクエスト達成、みたいなことはなく、基本的には持ってきた素材を買い取ることがギルドの仕事なのだそうだ。

 もちろん依頼を出すことはできるのだけど、伝手で直接冒険者に頼む者や、貴族なんかは欲しいものを必要な時にその場で引き取っていくことが多い。


『依頼なら、そっちの掲示板に貼ってあるぜ』

 そう言われて見てみた内容は、どれも聞いたことの無いような魔物の素材かアイテムを欲しがるものばかり。

 一週間すれば、依頼はキャンセルされて剥がされる。

 それでも再び依頼を出す者もいるが、手に入らないものはどう頑張ったって手に入らないのだ。


 どうやらこの世界の冒険者たちは、僕の思っている強い剣士や魔法使い……なんかではないようなのだから。


「おう坊主、俺たち今からスライム狩りに行ってくるけど、ついてくるか?」

 街での活躍を聞いたのだろうか?

 僕にそう声をかけてきたのは、若い青年たちの三人組。

 革の軽防具と、ごくありふれた剣を携えている。


「おいおい、アラン。

 東の森は、まだこの坊主には早いだろう」

「なに言ってんだよオヤジ。

 知ってんだぜ俺たち、この坊主が『剣技』を使ってスライムを倒してるって話」

 一瞬、青年が何を言っているのか理解できなかった。

 あぁ、そういえば倒す時にカッコつけて『ダガースラッシュ!』なんて叫んでたっけ。


「まぁ……だったら倒すことも難しくはないだろうが。

 絶対に無茶はさせんじゃねぇぞ」

 え、あの……

 僕の意見は聞いてはくれないみたいだ。

 有無を言わさず青年に肩に担がれてしまった。

 いい歳して、まさか肩車されてしまうなんて……


 街中を歩く間は少し恥ずかしかったが、下ろしてほしいと頼んでみると意外な言葉が返ってくる。

「距離があるからな、着いてから戦えないんじゃお前も面白くないだろう?」

 そう言われて、確かに自分の身体には体力がないことを思う。

 うさぎを追いかけた後は休んでから街に戻っていたし、草むしりも実は結構な重労働。


 現実世界の僕も、あまり動ける方ではなかったし、そのせいで違和感はそれほど感じていなかったのだけど……

「あー……そっか、僕子供なんだよね……」

 何を言っているんだこの坊主?

 そんなことでも思っていそうな表情で、僕の方を見た周りの青年たち。


「そうだぜ、だから大人しく俺たちに従っておきな」

「大人しく? 子供なのに?」

 はははっと笑いながら東の森へと向かっていく僕たち。

 アイズにバレたら怒られるのかもしれないけれど、それ以上に僕はこの冒険を愉しみたいと思っていた。


【モンスター:グレートアーリビルケドゥとエンカウントしました】

 

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