第9話
巨大な牙が、僕の目の前で青年の腹部を貫いている。
口元からはポタポタと赤いものを滴らせながら、もう動かない青年を加えたまま、ゆっくりと間合いを詰めてきたのだ。
「坊主っ! 逃げるぞっ!」
だがもう遅い。
こいつはきっと、ウルフたちの親玉だったのだろう。
気付いた時には周りにも数匹のウルフが僕たちを取り囲んでいた。
それにしても、とてもリアルだ……
ゲームとはいえ、あの動かない青年はどうなってしまうのか……
僕と同じようにプレイヤーだったなら、もし貸したら街にリスポーンするのかもしれないが、今のところそんな様子は感じられない。
それに、よく考えたらこれまでプレイヤーには出会っていないんじゃないのか?
いや、あまりにリアルな世界すぎて、プレイヤーとNPCの区別がつかないだけかもしれないが……
「くっそ……アーリビルケドゥが最近多いとは思っていたが……
まさかこんな奴が森に棲んでいやがったとは……」
普段は静かな森のはずなのにと、ボヤく青年。
よく見れば周囲の木々に爪痕は付いていた。
いつからか、この森はウルフの縄張りになっていたのかもしれない。
「坊主っ! おいっ坊主っ!」
青年たちが、背後のウルフたちをなぎ払い、道を作る。
ウルフも逃さまいとすぐに体勢を立て直し、その間にも巨大ウルフは近づいてくる。
このペースでは逃げきれない……
そう思った僕は、巨大ウルフの前で剣を構えていたのだ。
どのみち死んでも僕はプレイヤーだ。
このまま全滅するよりは、少しでも可能性に賭けてみるべきだろう。
「こっちだ、かかってこい!」
僕は周囲の木々を利用して、巨大ウルフの通れなさそうな隙間を走っていく。
幸い、まだ素早さはこちらが格段に上。
相手も、時折体当たりをして細い気はなぎ倒したり、別の隙間を選んで向かってきたり。
だが、そのわずかな隙をついて、僕は『ダガースラッシュ!』と執拗に足元を斬りつけてやった。
所詮最初の街のそばに出てくるモンスター。
強いはずがない。
なんて少しだけ思っていたけれど、そんなこともない。
何度も何度も斬りつけて……いつの間にか周りのウルフを倒した青年たちは、遠くから僕の姿を目で追っていた。
その方が僕としても都合はいい。
下手に違う行動を取られるよりは、僕だけを狙い続けてくれた方が戦いやすかったのだ。
だが、木々も倒され続け、足場は悪いし隙間は減っていく。
ずいぶんと動きは遅くなってきた気はするが、それでもまだ脅威には変わりない。
「あっ!」
雨なんて降っていたか?
こんなにも濡れた木なんてあったか?
僕は、飛び乗った一本の倒木で足を滑らせてしまった。
地面に尻餅をついて、迫ってくる巨大ウルフと目があってしまう。
倒木は赤く染まっており、それが青年の血であるとすぐにわかった。
そう、ずっと口に加えたまま、僕を追いかけていたのだ。
血の気はなく、どう見ても生きてはいない青年……
それを吐き捨て、巨大ウルフの口元は僕に近づいてきた……
手に持つ剣も震えてしまっている。
ゲームだと? こんな恐怖を味わわせるなんて、とんでもないゲームだ……
ポタッポタッ……とよだれか血かもわからない液体が僕の頭上から落ち頬を伝う。
素早さ極振りなのだ、一撃で終わってしまうのだろう。
そう思って諦めてしまった。
「させるかっ!」
グサッという音と共に、巨大ウルフは悲鳴を上げた。
青年が投げはなった長剣が、うまい具合に巨大ウルフの目を貫いたのだ。
運がいい、今のうちに攻撃に転じてやる!
僕は、横になった巨大ウルフの目に突き刺さった長剣を素早く引き抜くと、前脚二本の間、そのやや後ろ側を狙って一気に剣を突き立ててやった。
「グガァァァァ!!」
さすがに巨大なモンスターだろうと、心臓を刺されればただでは済まないはずだ。
まぁ、このゲームに内蔵の設定があり、その位置が動物と同じであれば……なんて話ではあるけれど。
パァァァン……と、はじけ飛ぶように魔物は消えてしまう。
そこは……ゲームみたいなんだな。
【スノウはレベル15に上がりました】
【スノウはスキル:大物喰らい3を習得】
【スノウはスキル:連携2を習得】
【……
【ノーグ♂がパーティーより離脱、所持アイテムはリーダー:スノウの収納ボックスに移されます】
【パーティーの離脱により、収納ボックスが解放されました。レベルに応じて収納可能な上限が上がります】
はぁ……とんでもない戦いだった。
『大丈夫か坊主っ!』なんて言って駆け寄ってきてくれるけれど、ごめんもう一歩も動けない。
あの倒されちゃった青年はどうなったんだろう……
街に着いたら、意外と何もなかったようにピンピンしていたりするかもしれないな……ははっ……
僕は、憔悴しきって倒れてしまった。
巨大ウルフから、大きな魔石っぽいものと、爪や牙のような素材が出てきたところまでは覚えている。
せっかくだから毛皮やお肉も採れると良かったのだけど、まぁモンスターなのだし、全部は残らないよね……
「スノウ……スノウ?」
あぁ、なんだか僕を心配している声がする。
毎日僕を優しくしてくれるアイズの声だ。
「良かった、目を覚ましたんだねスノウ!」
「あれ……ここは?」
見慣れない部屋の中、スノウの家ではなく、ギルドにある救護室だとスノウは言う。
「全く……後から森に連れて行ったって聞いた時はビックリしちゃったわよ。
本当に……無事で良かったわ」
涙をポロポロと流しながら僕を抱きしめるアイズ。
心配してくれてありがとう……と言いたいのだが、顔には大きな二つの饅頭が覆いかぶさっていて、言葉を発することはできない。
あぁ、これはきっと新しいタイプのお仕置きみたいなものだろう。
それに関してもありがとう、なのかもしれないのだが、次第に息が苦しくなって僕はアイズの背中をパンパンと叩いていた。
「あっ! ご、ごめん……」
ようやく解放された僕は、アイズに勝手に森に出かけたことを謝罪。
いや、連れて行かれたから悪いのは僕じゃないけれど……
たまに外に出たりもしたし、その件も含めて謝っておいた。
「そうだっ、ノーグって人はどうなったの?」
NPCに聞いたところで、という疑念はまだあるのだが、どんな些細な質問でもちゃんと返ってくるのがこのゲーム。
「え、えっとね……」
非常に言いにくそうな様子のアイズを見て察してしまった。
「ううん、ごめんね変なこと聞いちゃって」
僕にだってわかる。
きっとNPCはプレイヤーと違って復活することは無いのだろう。
アイズが悲しそうな表情で水の入った桶からタオルを絞って僕に渡す。
タオルと言うよりはボロ布ではあるが、それでさっぱりした僕は、アイズと共に救護室から出たのだった。
「おう……大変な目に遭わせてすまなかったな坊主」
アランという青年は、僕に謝罪をするとモンスターから得た戦利品を取り出した。
「コイツはお前のおかげで倒せたんだ。
だが悪りぃ、コイツの牙を一本、形見代わりに譲ってくれないか?」
巨大ウルフだけでなく、周囲にいたウルフの素材まで全てを僕に譲ると言うアラン。
形見って言葉から、やはりノーグという青年はもういないことがわかる。
「いやいや、そんなことできませんよっ!」
「やはりダメ、か……
実はな、ノーグの奴遺体だけを残して、装備していたもの全てがどこかへ消えてしまったんだ。
あいつの愛用していた剣までも……」
うーん何かを勘違いしている気がする。
「できないっていうのは、僕が素材を独り占めできないって意味ですよ。
それに、多分その剣って……」
システム、というのは使えて当たり前ではないのだろう。
今回は明かに偶然ではあるが、ノーグのおかげで収納ボックスが使えるようになってしまったのだ。
それにしても、これにまでレベルがある。
仲間が死ねば死ぬほどレベルが上がるということか?
だったらとんでもないスキル……だな。
「お、おぉ! これだ、アイツの愛剣ムラマシュ!」
う、うん。ネーミングはともかく、喜んでもらえて良かった。
「あと、素材は三人で分けましょう。
僕だけではやられていたのも明白ですし」
「いやはや何というか……
子供だというのに難しい言葉も使って、俺たちに気を使ってくれるのだからな……」
こうして初めての大物狩りは、一人の冒険者と引き換えに終わることとなった。
手に入った魔石にはスキルが封じられているそうで、功労者なんて言われて僕が使うことになった。
【スノウはスキル:ウインドアロー3を習得】
【魔法を習得したことにより、MPが解放されます】
【HP37/37 MP16/16】
さすが素早さ極振り。
レベルはかなり上がったのに、これはおそらく低い数字に違いない……
うん、なんとなくレベル4の時にも気付いていたよ……
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