第3話

 肌に感じる冷たい風。

 木々はゆれ、遠くの山には雲がかかっている。

 スタート地点は、この平原と決まっているのだろう。

 だが、周囲にはほとんど人はいない。


「マジで、これプレイヤーっているのか?」

 ゲームということは、ステータス画面なんかも準備されているのだろう。

 実は、一度やってみたいと思っていたのだ。

「ステータス、オープン!」

 ヒュウゥゥゥゥ……

 冷たい風が、俺の頬に一枚の枯れ葉を運んでくる。


 いや、なんで開かないんだよステータス。

 言葉が違っていたのか?

 それとも特定の場所でしか見ることができないのか?

「ステータス! んー……プロパティ!」

 当然何も出てこない。

 管理者権限とか、スノウが命じる……なんて恥ずかしすぎて言葉にできん。


「グゥルルルル……」

 おっと、のんびりしていたせいで、モンスターが現れてしまったか。

 最初の平原だし楽に倒せるだろうが……それにしても威圧感が半端ない。


 ポタッポタッと狼の口からよだれが垂れる。

 ウルフとかいう名前のモンスターに違いないだろう。

 きっとそのくらい名前は見たまんまだと思う。


【モンスター:アーリビルケドゥとエンカウントしました】

 モンスターの頭上に表示される青い体力ゲージ。

 それと同時に、インフォメーションが視線の端に表示される。

「は? あーり……なに? ……うわっっ!」

【アーリビルケドゥの攻撃、スノウはうまくかわした】

 いやいや、もうモンスター名が気になってそれどころじゃない。

 万物の創造神に『オニャンコポン』とかいうのがいるらしいが、もうそのレベルの破壊力。


「いやもう無理っ。

 ちょっ、出直すわっ!」

 笑いがこみあげてきて、とてもじゃないが戦闘の気分ではなかった。

 走って平原を進むと、どうやら戦闘から逃げることはできたようだ。

【スノウは逃走に成功した】

【スノウはスキル:逃げ足1を習得】

 おおっ、思わぬ収穫だ。

 ゲーム次第では、逃走がデメリットしか生まないこともあるが、考えようによっては逃げる努力をしたわけだし、ステータスにはメリットあって然りだろう。


 努力ととらえれば、逃げることも意外と悪いことではないのかもしれないな。

 戦わずして強くなれたのだ、とりあえずはもっと弱そうなモンスターを探すことにしよう。


【モンスター:うさぎとエンカウントしました】

 ちょっと、さすがにツッコんでもいいだろうか……

「おかしいだろネーミング!」

 確かにあれはうさぎだ。

 誰がどうみてもうさぎだと思うし、小さな頃にあれを抱きたくて列に並んだこともある。

 俺は初期装備だった腰についた短剣を手に持つ。


【うさぎはおどろき戸惑っている】

 ま、まぁ現実のうさぎならそうだろうな。

 きっとこの世界ではモンスターと動物に区別は無いのだろう。

 っつか、システム内に動物を入れなければいいだけなんじゃないか?


 俺はじりじりとうさぎを追い詰めようとするが、うさぎは怯えて逃げようとする。

 だが、今の俺は素早さ極振り。

 おかげで倒……いやいや、こんなの殺せないよ。

 俺はうさぎを捕まえて抱きかかえていた。


「空間収納とか、どうやって出すんだよ……ったく」

 最初は暴れていたうさぎだが、次第に慣れたのか諦めたのか、少しはおとなしくなったようだ。

 なんで逃がそうとしないのかと言われると、少しばかり心苦しい。

 これほどに現実味を感じる設定だとしたら、モンスターが出た際にうさぎを囮にすることも可能かと思ったわけだ。

【スノウはスキル:モンスター愛1を習得】


 あ、やっぱりうさぎでもモンスターなのね……

 まぁインフォメーションにもそう書いてあったし。

「しっかし、町ってどっちにあるんだ?

 見渡す限り平野なんだが……」


 すると、遠くから馬の鳴き声と、ガラガラという音が近づいてくる。

 おそらく行商人だろう。

 そう思った俺は、音のする方向へと走りだす。

「おーい、待ってくれー」

 音が近づくと、その姿がはっきりと見えてくる。


「ヒヒーン!」

「な、なんだ⁈ こんなところで一体どうしたんだね少年?」

 荷馬車を止めた男性は、俺の姿を見て驚いている。

 魔物の出る平原に一人で大した武器を持たずにいる。

 まぁ、驚きの原因といったらそんなところだろうな。

【スノウはスキル:予測1を習得】

 あー、まぁ色々と想像するのは俺の癖みたいなもんだしな。

 

「どうしたんだね、親はいないのかい?」

「え? いえ、俺は一人……だけど……」

 妙な違和感が俺を襲う。

 そういえばチャッピーも『かわいい』なんて言葉を口にしていたが……

「お、おじさん! 鏡とかもってない?」

「い、いや持っておらんが……いや、貴族から買い取った品が一つだけ後ろに積んであるな……」


 それを見せてほしいとせがむ俺。

 当然売り物だし、この世界では高級品らしく、安易に見せてくれることはなかった。

 なぜそんなにも俺が焦っているのかというと、どうにも視界がおかしいのだ。

 ウルフ(俺が勝手に改名した)やうさぎが大きく見えたのは、ここがゲームの世界だからだと思っていた。

 その方が迫力はあるし、きっとプレイヤーにも好評だと思う。


 だが、目の前のおじさんは普通の人間。

 種族が違うわけでもなく、行商をしているだけのおじさんにしか見えない。

 そしてそのおじさんの背丈から推察するに、今の俺の身長は……


「こ、これが俺??」

 俺が強くせがむものだから、観念して鏡を見せてくれたおじさん。

 鏡の中には、金髪のどこぞの坊ちゃんかと思うような、キャラクター:スノウの姿が映しだされていたのだ。

「だ、大丈夫かね……ボク、親がいないのならおじさんと一緒に町まで乗っていくかい?」

 心配してくれたおじさんは、荷馬車に乗ると横に俺を座らせてくれた。

 身長はおそらく小学生低学年くらい。

 重装の竜騎兵がなぜこんな姿に変わってしまったのか。

 ちょっとだけガッカリしてしまったけれど、せっかく始めたゲームなのだ。

 気にしないで楽しんだ方がいいだろう……とは思うけれど……


【スノウはスキル:交渉1を習得】

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