第4話
おじさんと街道を進むと、遠くに壁が見えてくる。
道中は世間話なんかをしてくれて、この世界のことも少しはわかってきた気がする。
「ここが、俺たちの住む都『アールフォート』ってぇところだ」
おじさんが案内をしてくれたのは、この辺りでも比較的大きな街だそうだ。
外周をぐるりと高い壁で囲われており、入り口には何人もの行列ができている。
そうなると不安になってしまうのが現実での知識。
たいていこういうのは、街に入る前に必要なものがあるのだ。
「お、おじさん……通行料とか身分証明とかって……必要だよね?」
せっかく新しい世界なのだし、これからはなんとなく子供になりきって生きてみることに決めた。
こんな姿でおっさんくさい行動ばかりとっても、周りから浮いてしまうだけだろうし。
「あ、あぁどちらも必要なものだよ。それにしても、まだ子供なのに結構詳しいじゃないか。
おじさんにも同じくらいの孫がいるが、毎日遊んでばかりだ」
やはりお金が必要なのか……
しかも身分証など、僕が持っているはずもない。
「おいっ、そこの馬車!
早く列に並べ、あちこちで好き勝手されると面倒なんだ!」
一人の兵が僕たちの方に向かって怒鳴りちらしている。
まぁ、確かに門の周囲で騒がれたら治安にも問題が生じるだろう。
そう考えたら、別に怒りなど全く湧いてこなかった。
【スノウはスキル:忍耐1を習得】
【スノウはスキル:適応1を習得】
【1】とあるのは、きっと誰でも簡単に習得できるレベルのものなのだろう。
そうでなければ、こんなにもサクサクとスキルを習得できるはずがない。
それにしてもスキルの効果もわからないし、一体何を目的としたゲームなのだろうか?
「おうっ、次のやつ、門の前まで進め!」
厳つい兵士は、僕とおじさんを呼びつける。
馬を兵士に預け、荷馬車の確認を済ませると、次は身分証を持っていない僕のことである。
「子供だろうが身分証は発行されているはずだが?
まさか人さらいをしてきたわけじゃねぇだろうな?」
僕のことでおじさんが問い詰められてしまう。
平原に一人で立っていたのだと説明するおじさんだが、兵士はまったく信じようとはしなかった。
それどころか、積み荷にまで難癖をつけ始め、持っていた鏡なんかは『どこかの貴族を殺して奪ったのか?』なんてひどい言いようだった。
「お、おじさんは何も悪くないですっ!
平原にいた僕を助けてくれたのに、どうしておじさんがひどい目に遭わなきゃいけないんですか!」
いつぐらいぶりだろうか?
心の底から兵士を憎いと感じ、僕は大声でくってかかってしまった。
「あぁ? うるせぇんだよガキが!
おいっ、じじいを連れていけっ! ガキもだ、詰所できっちりとものを教えてやる」
おじさんは抵抗することなく、僕のせいでどこかへと連れていかれてしまった。
僕もまた石で囲まれた部屋に押し込められ、壁の向こうからは兵たちの声が聞こえてくる。
「しっかし、今日はまた一段と機嫌が悪そうだったよなバーン隊長……」
「おかげで俺たちも良い思いをしているんだ。
あんまり下手なことは言わんほうがいいぜ、誰が聞いてるか分からねぇからよ」
「そりゃそうだ……今回も旨そうなもんたんまり積んでたしな。
おとなしく夜を楽しみにしておくぜ」
子供だから縛る必要までは感じなかったのだろう。
部屋に閉じ込められてから僕は、兵たちの話声を必死で聞いていた。
何か脱出の役に立つ情報が、何かおじさんを助けるのに役立つ情報がないか……と。
「おうっ、大人しく待っていたようだな」
門は夕方になると規則で閉じられることになっているそうだ。
その後出入りが可能なのは、冒険者のプレートを持った者か、貴族くらいのものらしい。
兵たちが『今日は外に行った冒険者が少ないから楽だ』なんて話をしているところから推察した、僕の想像なのだけど。
「さて、まずは名前を聞かせてもらおうか」
バーン隊長と呼ばれていた男は、僕のいた部屋に入るなり威圧的に話しかけてきた。
「じん……じゃなかった、えっと……スノウ、です」
つい本名を喋ってしまう。
仕方がないじゃないか、緊張してうまく考えがまとまらないのだから。
「ふんっ、聞いたことの無い名だな。
出はどこだ、自分の住む土地の名くらいは言えるだろう」
え? 生まれ……というか、スタート地点はあの平原なのだけど。
それとも自分の住所を言えってことなのかな?
さすがに始めたばかりのゲームで、こんなにも不親切なわけがない、きっとこうやって情報を埋めていくチュートリアルってことなのだろう。
……そんなわけないよね。
だって、ついさっき数時間は待たされていたのだし。
そりゃあ壁に耳を当てて必死に情報を集めようとしたおかげで退屈ではなかったけれど。
「生まれ……はよくわかりません。
気付いたらあの平原に一人でいました」
ゲームとはいえ、さすがに自分の住所を明かすのは怖い。
仕方なく異世界ものによくあるテンプレみたいな回答をしてみたのだけど。
「は? なめるなよクソガキ……
だったらてめぇの親の名はなんだ?
それも言えねぇってのか?」
バーン隊長の口調がさらに激しくなる。
怖い怖い怖い怖い……
きっとこれも黙っていたら、今度は殴られるのかもしれない。
「え、えっと……ごめんなさい、本当にわからないんです……」
いい歳こいて目に涙が浮かんできた。
なぜゲームでこんなにも嫌な気分にさせられるのだろう。
もうこんなゲームやめてやろう……そんな風に思ってしまった。
「ちっ、マジで知らねぇのかよ……
じゃあもういい、面倒くせぇが貴様を鑑定してやろう。
ったく……手続きが面倒くさいんだぞアレは……」
一人でぶつぶつと呟きながら退室するバーン隊長。
しばらくして、一人の女性を連れてくると、バーン隊長は閉めた扉の横に寄りかかる。
「こんな小さな子を調べるのですか?
そんなことまでせずとも、教会に引き渡せばよろしいのでは……」
「ちっ……本当に何も話さねぇんだよ。
名前すら嘘なんじゃねぇかって思っちまうぜ全く……」
『さっさとお得意の鑑定眼で調べてくれ』と女性に頼むバーン隊長。
どうやらこの若い女性に見つめられると、自分の情報が覗き見られてしまうようだ。
「うーん……ボク、ちょっとだけごめんね」
渋々、といった感じで、僕の目を見つめてくるお姉さん。
歳は17,8くらいだろうか。
そうマジマジと見つめられると正直恥ずかしい。
おかげで視線を顔から胸元にまで下げてしまったのだが、そこにあった柔らかそうなものに気付いて、僕は顔を一気に背けていた。
「聞かなくてもわかると思うけれど、この子の名前はスノウで合っているわ。
それに、偽証のスキルも持っていないような少年の言葉がどうして嘘じゃないかと思えるのかしら?」
あ、あぁなるほど。
どうやって僕のことを調べるのかと考えていたのだが、所持しているスキルで総合的に判断するだけなのか。
「はぁ? じゃあなんだ、このガキは本当に気付いたらモンスターのいる平原に一人でいて、たまたま通りかかったあの行商人に助けられたってことなのかよ?」
結果を聞いてもバーン隊長は納得しようとしない。
だが、どう考えても僕が嘘をついていない以上、罪に問うことは無理なようだ。
それどころか、行商人のおじさんの無罪まで証明することになってしまい、バーン隊長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「ちっ……明日の朝には解放してやるよ!」
「ちゃんと荷物も返してあげなさいよっ」
その後、身寄りのない僕にお姉さんは『家においで』と言ってきた。
どうしてそうなるのかと聞いてみたのだが、どうやら僕のスキルがあまりに弱いかららしい。
ちゃんと生活をしていれば人並みにスキルは習得するはずなのに、それなのに全くと言ってよいほどに何も持っていないのだ。
ま、まぁ……プレイし始めたばかりだからな。
どうしていいものか分からずに、とにかく僕はお姉さんに従うほかないのであった。
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