跳べない少女、飛べないモンスター
「ちょっと、さっきから見てばかりだけど……
もしかして何も対抗策が思いつかないからって諦めたんじゃないでしょうね?」
チャッピーが魔力ポーションを咥えながら僕を見上げている。
茜はおろおろするばかりで、多分この戦いでは全く役に立たないだろう。
それにしても、子供の僕を見上げるチャッピーなんて、どんな状態なのだと。
僕が高いところに立っているわけではなく、チャッピーの顔が僕の胸辺りにあるものだからそうなっているだけである。
魔法での攻撃を繰り返して、疲れが出て膝をついてしまったチャッピー。
ぜぇぜぇ息を切らしながら、攻撃を行わない僕に文句を言っているのだった。
「だって、どうせ攻撃しても当たらないだろうし。
それに……下手に攻撃を続けると余計に距離を取られちゃうんじゃない?」
チャッピーと茜が攻撃の手をやめないものだから、プテラは常に上空で旋回し続けていた。
このままプテラの魔力が尽きるのを待って、直接攻撃に切り替えたところを狙うべきか、それとも当たる可能性のありそうな攻撃手段を用いるべきか。
「なんでもいいから、アンタも攻撃しなさいよぉ!」
うーん……チャッピーがそこまで言うのだったら、失敗してもいいから試してみるとしよう。
「……決めた! じゃあよろしくっ」
僕はチャッピーの背中に抱きついた。
お誂え向きに、僕が抱き着きやすいように屈んでくれているのだ。
「な……なにしてんのよっ!」
「何って、こんなところからじゃ攻撃が当たらないから。
ほら、僕って子供だから軽いじゃん。
ちょっとその辺まで跳んでみてよ」
プテラのいる方を指さして、僕はチャッピーの背中の上で、ぐるぐると指を向けている。
「なにが子供よっ! セクハラっ、変態!」
早く離れろと怒鳴られるけれど、それでは攻撃ができないから僕も諦めない。
いつまでも跳ぼうとしないものだから、魅了のスキルでも使ってやろうかと思ったくらいだったが、終ぞ諦めて僕をおぶったままバフをかけてくれた。
「くそっ……戦いが終わったら覚えてやがれ……」
覚えていてもいいけれど、倒したら現実に戻るんじゃなかっただろうか?
別に回した腕を胸元に持って行ったりするつもりはないし、少し獣臭いから匂いをどうこうするつもりもない。
現実でこんなシチュエーションになったらさぞかし気持ちがいいのだろうが、なにぶん獣人族なのだし……
僕も長剣を取り出して、ジャンプするチャッピーのタイミングを待つ。
「剣なんかとりだして……絶対アンタ、私たちを馬鹿にしてんでしょ……」
……そんなつもりは全くない。
どうでもいいから早く跳ぶのか諦めるのか決めてくれチャッピー。
抱きついたまま、いつまでも動いてくれないチャッピーに、そんなことを思うのだった。
「わかったよっ、じゃあ跳ぶからな?
落っこちないようにしっかり掴まっとけよぉ!!」
よしっ、抱いていいという言質をいただいた。
まぁ獣臭さを除けば見た目の手触りも最高なのだ。
こんなことを言うとアイズに申し訳のだが、あの時に出会ったのが獣人族だったら、僕は理性を保てなかったかもしれない。
「な……なんか危険な気配を感じたんだが……」
「いいから早く跳んでよ。倒したいんでしょ?」
本当にいつまで躊躇するのだろうか。
早く跳ばないもんだから、プテラも退屈そうに旋回しているじゃないか。
「っでぇぇぇいいぃ!!」
女の子らしくない叫びと共に、チャッピーは地面を思いっきり蹴る。
さすが獣人の脚力だけあって、人の僕では空気の抵抗がものすごく感じてしまう。
だが、半分ほどに縮めたプテラとの距離は、チャッピーの脚力だけではそれ以上近づくことはできないのだ。
「ありがとう、あとは任せてくれていいよ」
ふわっと一瞬だけ訪れる無重力状態。
僕はすぐにチャッピーの肩に立ち、スキル【跳躍】を使用する。
そんなことで接近できるはずもない。
いくらスキルだといっても、獣人ほどは高くは跳べないのだから。
「痛ったぁ?!
馬鹿、なにしてんのよ、ちょっとアンタっ!!」
地面に落ちながら罵声を浴びせてくるチャッピー。
残念だが、そんなチャッピーに付き合っている余裕はない。
ギリギリ届くかどうかのこの距離を逃したら、多分二度目は警戒されてしまうから。
魔法や弓矢などの遠距離攻撃はことごとく避けられてしまった。
同じように接近すれば一撃は当てられるかもしれない。
しかしこの剣ならば……
「いっけぇぇ!」
僕が剣を大きく振ると、刃の部分はワイヤーでつながれた無数の金属片へと変化する。
いわゆる蛇腹剣とかいう、現実世界ではお目にかかることの無い架空世界の武器である。
長さは刃渡り1メートルほどだったものが、最大その20倍にまで伸びる設定だという。
その刃をプテラの身体に巻き付けてやった。
これで、僕とプテラの距離は無くなったようなものである。
「クェー! ク……クケェーー!!」
『やられたっ!』とでも言っているのだろうか?
とにかく距離も縮まったせいで非常にやかましい。
「うるさいっ!」
僕は蛇腹剣を力いっぱい引っ張ってやる。
「クキャッ!」
それでもなんとか高度を保てていたプテラだったのだが、遂に抵抗できなくなり徐々に高度を下げていった。
魔法を放ちながら、プテラが地面に着くまで執拗にくらいついてやった。
そして、地面に降り立った僕とプテラを待ち受けていたのは、これ以上ないくらいに怒りに満ちた表情を見せる、一人の獣人族の少女だったのだ。
「よーくーもー……」
「い、いやいや……それどころじゃないでしょ、早くプテラを始末しなきゃ」
「うっさい!!」
僕の頭部に今までにないほどの衝撃が走る。
多分HPの半分くらいはもっていかれたに違いない。
そんなことはあったが、とにかく僕たちはようやく一匹のプテラを倒すことができたのだった。
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