第33話 イケメンの尻拭い
時間を潰してから三年生の教室前の廊下へ戻ると、高嶺さんはいなくなっていた。
どこかで合流できればと思い、付近の廊下や教室を巡る。
校舎の中は相変わらずの賑わいだが、窓の外は暗くなり始めていた。
それを思って辺りを見てみると一般客の数は少なくなってきている。間も無く文化祭が終わりを迎えようとしているのだ。
しかしまだ楽しみは残されている。毎年多くのロマンスが生まれると噂に聞く後夜祭。生徒によっては、そちらを本番のように考えている者も多いはずだ。
後夜祭は文化祭が終わった後。つまりこの後すぐに開催される事になる。体育館で様々のイベントを行った後、グランドで花火を打ち上げてフィナーレを迎えるというのが毎年恒例の流れだ。
生徒達は自由参加であるが、準備した側からすれば出来るだけ多くの人に集まってもらいたいと思っている。あの内容なら、きっと盛り上がるものになるだろう。
しばらく校内を彷徨き、時折クラスメイトなどを見つけると言葉を交わし、とやっている間に時間は過ぎていった。
そろそろ後夜祭の準備へ向かわなければならない。彼女もあっちへ向かう頃だろうと思って体育館を目指し始める。
階段で一階へ下りる。そこから昇降口へと続く廊下を歩いている時だった。
「あっ、根尾君!」
呼び止められて後ろを振り向くと、そこには高嶺さんと実行係の女子の先輩の姿が。
すぐに何かあったのかもしれないと思った。走っていたのか、息を荒くしている彼女達の表情は、それだけ焦っているように見えた。
「ど、どうしたの?」
「赤城君、見なかった?」
「いや、見てないけど」
二人の話を聞いたところ、どうやら後夜祭でステージに立つ予定になっていた赤城が、集合時間になっても体育館に現れないため、それを探しているという事らしい。赤城は後夜祭の前半に行われる女装コンテストに出場する予定だ。メイクや衣装合わせの時間を考えると、今から準備しなければ間に合わない。
高嶺さんは言った。
「根尾君、赤城君の電話番号とかしらない?係に知っている人いなくて」
「ご、ごめん。赤城のは知らない」
「じゃあ大川君のは?さっき一緒にいるところ見たでしょ?」
「あっ、そっか!」
俺は急いでスマートフォンを取り出し、大川へ電話をかける。
『お客様のおかけになった番号は、電波の届かないところにあるか……』
通話を切断し、再びかけ直してみるが、聞こえてくるのは同じ機械的な女性の声だった。
「駄目だ。繋がらない」
首を振ると、係の先輩が深刻な顔で言う。
「とにかく見つけださないと。女装コンテストは後夜祭を序盤から一気に盛り上げられる人気のイベント。それだけに、そこで躓いていまえば後夜祭全体の空気を悪くしかねない。赤城君、顔だけはいいから、彼が参加する事を知って喜んでいる子はウチのクラスにもいたし」
「お、俺も探すの手伝います!」
「じゃあこの棟をお願い。私達は実習棟の方を見てくるから。一通り見終わったらここで合流しましょ」
「はい!」
勢いよく返事をして、俺は駆け出した。
廊下を走ってはいけないだなんて言っていられない。ここまで順調に進んできた文化祭を、皆で懸命に作り上げた文化祭を、最後の最後で失敗に終わらせるわけにはいかないのだ。
廊下に並ぶ教室を端から覗いて確認していく。知らない生徒でも臆せず声をかけ、赤城の事を尋ね、また走りだす。
一階の確認が済むと、休む事なく二階へ駆け上がった。一階でしたのと同じように全ての教室を回り、そして三階へ。
三階の教室を三つ程確認したところで、ポケットのスマートフォンが震えた。素早く取り出しディスプレイを確認する。発信者は大川だ!
「もしもし!」
「おお、根尾か。気付いたら電池切れちゃっててさぁ。今、充電できたところで……」
「どこにいる!?」
「コ、コンビニだけど。どうしたんだよ?」
俺は早口で今の状況を説明した。それを聞いた大川は驚いた様子で声を上げる。
「マジ!?赤城のやつ、多分すぐには動けねぇぞ」
「は!?なんで?」
「アイツ腹壊しちまって、トイレに籠ったきり出てこねぇんだよ」
大川達はあの時に一緒にいた他校生と文化祭を回った後、彼女達を駅まで送っていったらしい。そうして彼女達が電車に乗り込んだところで、赤城が体調の異常を大川へ訴えた。彼女達がいる間は我慢していたが、実は腹がずっと痛かったのだと。
「まぁ、途中から口数も少ないし顔色も悪いから、おかしいなとは思ってたんだけどよ。調子に乗って模擬店で色々食いすぎなんだよ、アイツ。あの子達に乗せられてウチのクラスのあの鯖ドリンクも一気に飲み干していたし」
「あ、あれを?」
「ああ。それで、駅のトイレに籠っちまって、ようやく出てきたから学校に戻ろうと歩きだしたんだけど、また直ぐに苦しみだして今度はコンビニのトイレへ」
「出て来れなそうなのか?」
「出れねぇ事はねぇだろうけど、無理すれば外で出しちまうぜ、アイツ」
「くそ。そんなんだから残念イケメンだとか言われるんだよ」
悪態をつきながら、どうしたものかと考える。しかし赤城が来れないのであればどうしようもないように思えた。
とりあえずこの事を高嶺さん達へ伝えなければなるまい。俺は大川に可能ならば赤城を連れて戻って来る事を約束させ、合流場所の昇降口へ戻った。
到着して間も無く彼女達がやって来る。早速今聞いたばかりの事を簡潔に説明する。
「そういう事なら棄権って事にするしかないか。今からじゃあ、代わりにやってくれる人探している時間なんてないし」
先輩が言った。女装コンテストは各クラス男子が一人ずつ参加する事になっている。ウチのクラスの場合は立候補が一人もおらず、女子達に強引に押しきられた形で赤城が選ばれたのだ。今さらやってくれる奴を直ぐに見つけられるとは思えない。
「仕方ない、ですね」
拳を握って俺は言った。するといつの間にか隣に立っていた男が、感情の起伏が感じられない様子で口にする。
「それ。ノボルがやればいいんじゃないの?」
「ア、アキヒコ!?なんでここに?」
突然の事に驚いて、俺は後ろへ飛び退いた。
「いや、だってここ昇降口だし。後夜祭、自由参加でしょ。興味ないから帰ろと思ったら話聞こえてきて」
「俺が代わりにってそんな事できるわけ……」
「なんで出来ないのさ。各クラス一人出ればいいんでしょ?」
俺は押し黙った。高嶺さんと先輩が、こちらをじっとり見つめてくる。
そして数分後……
俺は我が校の女子用の制服を身に纏い、体育館の舞台裏にある椅子へ腰を下ろしていた。
「はい、ノボル子ちゃん。んーってやって」
目の前に座る潮見に言われるがまま、唇をつき出すと、そこへ赤い口紅が塗られていく。
周りからはクスクスと笑い声が聞こえてきている。
仕方ない。これは仕方ない事なのだ。
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