第13話 異変
俺は毎日、高嶺さんを眺め続けている。
こんな風に言ったら、きっと多くの人に気持ち悪がられるだろうが、これはあくまで彼女への純粋な好意からの行動であり、例えば高嶺さんがそれを嫌がる素振りを見せたらなら、自分の目を覆ってでも直ちにその行為を中止する所存である。
さて。彼女が転校して来てから2ヶ月程が経った。その間、毎日眺め続けてきた俺だから気付けた事だろうが、今日の高嶺さんの様子は少しおかしい。
友人と話す時、黒板をノートに写している時などは、普段の彼女と大きな違いはないのだが、ふとした瞬間、憂いを帯びた表情を見せる事がある。
それもそれで美しい、というのは一先ず置いておくとして、もし彼女が何か不安や悲しみを抱えているのならば、それを取り去ってあげたいと思うのが、女性を想う男の心理というものだ。
よって俺はその日、高嶺さんを尾行する事に決めた。念のために言っておくが、これは高嶺さんを悪の手から救うためであり、あくまで彼女への純粋な好意、彼女の幸せを願っての行動なのである。
終業のチャイムが鳴ると、荷物を持った生徒達が次々と教室を出ていく。しばらく教室に残っていた彼女であったが、やがて「ごめんね。今日は用事があるんだ」といった様子で一緒にいた友人達へ手を合わせ、教室を後にする。
やはりおかしい。俺は思いながら彼女の追跡を開始した。
彼女は部活などはやっていない。電車通学であるため、いつもは他の友人達と一緒に駅へ向かって行く。俺とは乗る電車は違うが、その駅までの道のりは同じであるため、幸運に恵まれた日は友人達と楽しげにその道のりを進んでいく彼女の姿を拝む事ができる。
しかし、今日の彼女は一人だ。
少なくとも友人達と帰る事の出来ない用事があるというのは確かだった。
車通りの多い、活気のある大通りを高嶺さんは進んで行く。
揺れる黒髪。彼女は後ろ姿も美しい。
しばらく進んだところで高嶺さんは立ち止まり、俺は「おや?」と首を傾げる。
駅はまだ先だ。
高嶺さんが立ち止まったのは赤い外装がよく目立つゲームセンターの前だった。
まさか彼女がこんな場所に? それも一人で?
思っている間に彼女は店内へ。店の自動ドアが開くと、中からは騒々しいメダルやゲームの音が聞こえてくる。
俺は少しだけ時間を空けてから、彼女を追って店に入った。
高校に入ってアキヒコと出会うまで、友達と呼べるのは幼なじみの
アキヒコは放課後一緒に遊んでくれるような奴ではないため、ゲームセンターに入ったのはまだ日和達と仲が良かった頃に、アイツらの両親に連れて来てもらったぶりの事だ。
これまで興味はあったが、たった一人では勝手も分からぬため、来れずにいた。それがまさかこんな切っ掛けで来る事になろうとは。
少しだけ緊張しながら、店内を見渡す。
クレームゲームやプリクラ。沢山のゲームがところ狭しと並べられているため、死角が多い。
既に高嶺さんの姿は見えなくなってしまっていた。
彼女と鉢合わせにならないように辺りを探すが、中々見付からない。
一通り一階を見て回ってから、長めの階段を上り、二階へ上がる。
二階にはアーケードゲームや、メダルゲームが設置されているようだ。
一階に増して、人も多いし死角も多い。
知っている格闘ゲームや、面白そうなカードゲームなんかに後ろ髪を引かれながら、俺は高嶺さんを探して歩き続けた。
「あっ」
彼女がいたのは自動販売機の前。椅子やテーブルが置かれた、簡易的な休憩スペースのような場所だった。
慌てて近くの巨大なメダルゲーム機の影へ隠れたのは、彼女にバレないためという事もあったが、彼女と一緒にいる連中の姿を見てしまったためだ。
黒い学ランを着た集団。この近所ではある意味で有名な高校の生徒達だ。
金髪や坊主頭。髪型はそれぞれ違えど、全員が細い眉をしていて、人相が悪い。
ざっと見たところ10人程はいるだろう。
中でも最も凶悪そうな顔をしたオールバッグの男がただ一人椅子に座っていて、その左右に他のメンバー。高嶺さんはたった一人でその連中と対峙している。
男達はニヤケ面に比べ、俺の位置から僅かに見える高嶺さんの顔は強ばっていて、両者が友好な関係ではない事は明らかだ。
俺は唾を飲み込み、付近にあったメダルゲーム用に置かれた丸椅子を手に取った。体を屈め、その丸椅子の支柱に身を隠すようにし、椅子を少しづつ動かしながら、その一団へ近づいていく。
付近でゲームをしていたオバサンが、怪訝な表情でこちらを見てくるが、今は気にしている場合ではなかった。
大量のメダルが鳴らす爽快な音に混じり、やがて高嶺さん達の会話が耳に届いてくるようになる。
「だから、それは何度もお断りしたじゃないですか」
怒気を孕んだ、学校では一度も聞いた事のない種類の彼女の声だった。
どうやら、椅子に座ったオールバッグの男へ対し、言っているらしい。
それでも男はヘラヘラとした表情を崩さない。
「何度も断るから何度も言う事になってんだろ。お前が素直に俺の女になるって言うのなら、二度と同じ事を口にするつもりはねぇ」
「そんな勝手な言い分っ!」
「勝手は承知の上だよ。でも俺はあきらめるつもりはねぇ。何故ならそれは俺がこの世で一番嫌いな事だからだ。だからお前が首を縦に振るまで何度でも同じ事を言うし、お前がお友達と下校しているところへ何度でもコイツらがお邪魔する事になる」
オールバッグの男が言うと、奴の左右に立った連中がいやらしい笑い声をあげる。
グッと拳を握る高嶺さん。
その表情を見ている余裕は俺にはもうなかった。
「お前ら!」
俺は大声で言って立ち上がった。ずんずんと進んでいき、互いの間に割って入って。
「いい加減にしろ!」
目の前の男達が一斉に鋭い視線をぶつけてくる。それでも恐怖は微塵も感じていなかった。体に宿った怒りが、その以外の感情を押し退けってしまっているからだった。小学生の頃、お年玉で買ったゲームのソフトを、母親に踏んで壊された時以上の怒りだ。
「ああ? お前、誰だよ?」
オールバッグの男が言ってくる。
「お、俺はこの人の……クラスメイトだ!」
恋人、どころか友達とすら言えない不甲斐なさを誤魔化すように声高に宣言すると、背後から聞こえる「根尾君……」という不安げな声。
ああ、また名前を呼んでもらえた。
それだけでもこの場所に飛び出した価値があるというものだ。
「それで、そのクラスメイト君が何の用だよ?」
「高嶺さんが困ってる。これ以上彼女に付きまとうのはやめろ」
高嶺さんとこの男の関係は、さっきのやり取りだけで十分理解できた。大川から彼女が他校の生徒にも目をつけられている事は聞いていたし、彼女程の魅力があれば、こうしたトラブルが起こる事は寧ろ当然のように思えた。
こちらを睨み付けてくる男を、真っ直ぐ見つめ返す。数秒間の沈黙が続いて、それから男は鼻で笑い椅子から立ち上がった。
「分かったよ。ちょっと場所変えて話そうか」
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