第16話 修学旅行 一日目


 現地に到着。言われてみれば少し涼しいと思う程度で、気候の違いはそれほど感じなかった。


 季節は六月下旬。初めて来る北海道は、これまで頭に思い浮かべていた北海道よりずっと普通なところだ。


 飛行機の中では映画を観ていたつもりだったが、いつの間にか眠ってしまって、体のあちこちが痛い。


 機内を出て大きく伸びをすると、周りの生徒達の殆んど同じ行動をしていて少し可笑しかった。


 それからクラスごとにバスへ乗り込み、また移動。


 この日は札幌市内を観光する事になっていた。


 最初に向かった展望台は、都市内でありながら北海道の牧歌的で雄大な風景が望める定番の観光地だ。


 爽やかにそよぐ風、目の前に広がる一面の緑色は、体の中の汚れたを空気を入れ換えてくれるような気がした。


 敷地内にある、遠い眼差しで右手を掲げた男の銅像の前までやって来ると、俺は周りにも聞こえるくらいの声量で口を開く。


「ウィリアム・スミス・クラーク。少年よ、大志を抱けでお馴染みのこの人は、北海道に学校を開校し教育を広めた人だ。化学、植物学、動物学などに精通していて、北海道の酪農や農業の発展に大きく貢献したと言われている。因みに少年よ大志を抱けという言葉の意味については色々とあって……」 


「それ、自分で調べたの?」


 隣にいるアキヒコが割って入ると、俺は頷いた。


「当然だろ。この旅行を楽しむために、必要な知識は入れておかないと」


「ふーん。じゃあ、次行こうか」


「お、おい! まだ話す事が……」


 昼食は敷地内に併設されたレストランでとる事となった。


 ジンギスカンの専門店だ。


 焼き肉屋のように各テーブルの中央には鉄板が備えられていて、その上で肉や野菜を焼けるようになっている。


 母親がスーパーで買ってきて焼いた物とはまるで違う。


 柔らかくてジューシー。それは俺が今日まて抱いてきた、ジンギスカンの概念を覆すものだった。


「こっちの人達はな、バーベキューの時は勿論、花見や祝いの席なんかでもジンギスカンを食べるらしいぞ。家庭に地域によって食べ方に違いもあってな、その中でも最も顕著に分かれるのは、タレの先付けか後付けかという事で……」


「食べているんだから目の前でペラペラと喋らないでよ。鉄板に唾が飛ぶだろ?」


「わ、悪い」


 その後、資料館を見学し、物産店を彷徨いた。


 その最中に食ったソフトクリーム。これも絶品。この旅行中に俺は体重を増やす事になるだろうと確信する味だった。


「北海道が酪農に適しているのはな、勿論広大な敷地があるという事もそうだが、そもそも牛が暑さに弱い動物だという理由もあってだな……」


 物産店には見慣れない物が沢山売られていて、そこでは大川達のグループが大声ではしゃぎ合っていた。


「おお、根尾。見ろよこれ。良くね?」


 俺と目が合うと大川はこちらへやって来て、たった今買ったらしいそれを俺の目の前に出してみせた。


 10センチ以上もある大きさの木彫りの熊だ。


 楽しげな大川の表情に思わず「そ、そうだな」と答えると彼は満足げに言った。


「だろぉ? 前に富士の家に行った時に見かけて格好いいなって思ってたんだよ。まぁアイツの家にあったのはもっとデカかったけどな」


 富士の家は地元で有名な暴力団をやっている。イメージ通りと言えばイメージ通りだ。


 大川のセンスは兎も角として、俺にはそれ以上に気になる事があった。


「てかそれ、発送してもらったりできなかったのか?」


「知らねぇ。まあ面倒だから別にいいだろ」


「でもまだ初日だし、他にもお土産買ったりして荷物増えるかもしれないだろ?」


「ああ、大丈夫大丈夫。俺これ買って土産のために持ってきた金、殆んど使っちまったし」


 素行の悪い大川だが、付き合うようになってから、意外と気のいい奴だという事を知った。同時に、彼があまりテストでいい点数を取れない理由も、何となく分かったような気がしていた。多分こういうところだ。


 展望台を後にした俺達は、それからも市内の観光名所を幾つか回った。


「この大通り公園は日本の道100選にも選ばれている場所なんだよ。ニュースでよく見る雪まつりとかやっているのもここだな。因みにあそこに見える塔はテレビの電波塔。高さは147.2メートルあって……」


「このレンガの建物は前の北海道庁の本庁舎。国の重要文化財にもなっている。屋根にある赤い星のマークは北極星を表しているらしい。この街で同時期に建てられた中にはあれと同じマークがついている建物があるようでな、例えば……」


 そうして俺は行く先々で、今日まで調べあげてきた知識を披露した。


 アキヒコは終始うんざりした顔をしていたが、楽しみにしていたのだから仕方がない。


 日和のグループの女子に「ガイドかよ」と笑われたのは恥ずかしかったけど、何ヶ所か回っている内に大川や、サッカー部の爽やかイケメン浅間のグループの連中から質問を受けたりするようになって、後半には本当にガイドのように振る舞う事になっていた。


 沢山のクラスメイトと話す事ができ、俺としては有意義な時間と言えた。


 市内観光を終えた俺達は再びバスへ乗り込み、ホテルへ向かう。


 この日の観光の時間はそう長くはとられていなかった。北海道は広い。明日のレクレーションは都市部から離れた場所で行われるため、今日の内に移動しておく必要があるのだ。


 夕食はホテルのビュッフェで済ませた。


 部屋は二人部屋でアキヒコと同室。


 アキヒコは、部屋に着くや否や、持参したタブレット端末でアニメを観始める。


「修学旅行に来てまでアニメかよ。他にやる事あるだろう」


「例えば?」


「こ、恋ばなとか……」


「そんなのノボルは毎日しているじゃん。それに僕の好きな人ならこの画面の中だよ」


 返す言葉を失った俺は、仕方なくアキヒコと一緒にアニメを観る事にした。しかし昨日の夜更かしのせいだろう。直ぐに睡魔に襲われ、奮闘も虚しくあっという間に意識を手放してしまうのだった。

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