第30話 ちやほや


 文化祭が数日後に迫ったその日。俺はいつもよりずっと早くに目を覚まし、いつもより早い時刻の電車へ乗り込んだ。


 冷たい外の空気。電車の中には見慣れない人々。時間が一時間程早いだけだというのに、毎日見ているはずの景色が新鮮に感じられる。これは新しい発見だった。


 駅に到着して学校へ。校門から校舎へ続く長い道を歩いていく。


 生徒達のガヤガヤとしたざわめき。それと一緒に聞こえてくる何かを叩く音や、大きな物を動かす音。皆文化祭の準備を頑張っているのだろう。


 文化祭の時期は、朝早くからこんなにも多くの生徒達が活動している。去年の今頃は知る由もなかった事。


 ちょっとワクワクしながらそんな中を進んでいくと、後ろからバイクの音が近付いてくる。


 ウチの高校は許可さえ取ればバイク通学が認められている。


 道を開けようと端へ寄った。しかしそのバイクは俺の横へ来たところで止まる。


「根尾君、おはよっ!」


 カシャッとヘルメットのカバーを開けて、彼女は言う。


「た、高嶺さんっ!?」


 登校と下校のタイミングが重なる事がなかったため、彼女のこの姿を見るのは初めてだった。


「バイクで来てるんだ」


「うん。夏休みの少し前くらいからね」


 へぇ、と漏らすと彼女は「それじゃあ、あとでね」と去っていく。


 彼女の後ろ姿を見送った後、俺も免許をとろうかと思いながら校舎へと向かった。



 教室にいるのは女子ばかりだった。


 ウチにクラスで文化祭に積極的に参加しようとしている男子は少ない。俺だって高嶺さんと一緒に係に選ばれていなければ、準備のために朝早く登校しようなどとは考えなかっただろう。


「あ、根尾。おはよー」


 教室へ行くと、数人の目立つ女子達が声を掛けてくる。躊躇いながらも「お、おう。おはよう」と返す。まさか自分がクラスの女子とこうも気軽に挨拶を交わす日が来るとは。


「な、何かやる事ある?」


 緊張しながら尋ねると、店の看板作りを手伝ってくれと頼まれた。あまり話した事のない女子の輪の中へ入っていって作業を進める。


 着替えをしていたのだろう。高嶺さんはそれからしばらくして教室へ入って来た。彼女はあっという間に沢山のクラスメイト達に囲まれて、投げかけられる質問へテキパキと答えていった。


 その一方で、もう一人の実行係である俺は女子の言いなりになって働き続けた。情けないとは思う。しかし、意外と悪くない気分である。


 時間が経つにつれ、教室の生徒達は増えていった。今日は文化祭間近という事で通常授業は行われない。丸一日、文化祭の準備のために時間を使えるのだ。


 高嶺さんが近くにいるという事もあり、俺は非常に精力的に働いた。そんな働きぶりが意外にも女子達の目には好意的に映ったようだ。


 調理室で商品メニューを開発している女子達が試作品を持ってきた時には試飲してくれと抹茶風味の飲み物を渡されたし、重い荷物を運ぶ際には、近くに他の男子がいるというのに、俺に声がかかった。


 それを見た大川や赤城から「そこまでして女子に好かれたいのか」と冷やかされたが、俺が好かれたいのは女子ではなく高嶺さんだし、実行係として当然の事をしているのだと、毅然とした態度で接してみせた。


 すると奴らも徐々に仕事を手伝うようになっていっが、これは俺の働きぶりに感化されてというより、自分達も女子にチヤホヤされたかったからだろう。


 昼頃になると、メニュー開発班から買い出しを頼まれた。大体のメニューは既に決まっているため、これ以上新たな材料は必要ないように思えたが、あっちはあっちで楽しくなってしまっているのだろう。まぁ、もっと美味しい商品ができるに越したことはないし、文句を言う度胸もないので従う事にする。


 買い出しには日和が同行するらしい。ほんとは日和と他の女子と一緒に行く予定であったが「荷物持ちのために男子の方がよくね?」という声が上がり、日和の幼なじみであるという事で俺の名が上がったようだ。


 日和は別に大した荷物でもないのにと不機嫌であったが、こういうノリには逆らえないものである。


 という事で、俺は日和と学校最寄りのコンビニまで向かった。駅の方まで足を伸ばせば百貨店などもあるが、目当てのものはコンビニで揃えられるらしい。


 普段授業をしている時間に、外を歩くというのは妙な気分である。


 友達にからかわれて俺と二人だけにされたのが気に食わないのか、日和はずっとプリプリしている。


 そんな空気に耐え兼ねて、俺は日和へ声を掛けた。


「日和って、家で動画とか見るの?」


 高嶺さんのために用意していた話題が、まさかここでも役に立つとは。


「まぁ、そりゃ多少はね」


 日和は意外にも素直に答えた。


「へぇ。どんなの?」


「ね、猫とか……」


 彼女は恥ずかしそうに言う。


 それならと俺が有名投稿者の名前を上げると、彼女は「そうそう!」と嬉しそうに頷いた。


「じゃああれは?」


 と続けて俺は女子に人気の投稿者の名前を上げると、「えっ、何でアンタがそんな事知っての!?」と驚いた様子をみせる。


 どうやら日和はその投稿者の熱心なファンだったようで、彼女はその動画について楽しそうに語りだした。


 おかげでコンビニにはあっという間に到着した。


 メモを見ながら、次々にカゴへ商品を入れていく日和。オレンジジュース、杏仁豆腐、プリン、鯖の缶詰、と取ったところで俺は声をかける。


「おい!そんなの、何に使うんだよ?」


「何って、決まってるじゃない。模擬店のメニュー開発によ」


 俺の記憶違いでなければ、俺達のクラスはタピオカドリンクを売るはずである。しかしあまりに日和の態度があまりに堂々としているものだから、俺は彼女がカゴに入れた鯖の缶詰については、それ以上の言及する事は出来なくなってしまった。


 この後試飲を頼まれたら、大川にでも押し付けようかな、と頭で思う。








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