第29話 君のとなり
「えっと、それじゃあ意見を出してもらいたいんですど」
教壇に立ち、俺は言った。
目の前には机に座るクラスメイト達。まさか自分がこんな立場に立つ事になろうとは。正直緊張で足がガクガクなのだが、隣をチラリと見ればそこに立つ完全無欠の黒髪乙女。彼女に格好悪い姿を見せるわけにはいかない。
「文化祭で何かやりたい事ある人、いますか?」
再び声を発するも、クラスメイト達はガヤガヤと私語を続けるばかりで、ちっとも俺の方へ顔を向けようとしない。
不安に思い、再び隣をチラリと見ると、高嶺さんは飛び切りキュートな困り顔を見せてから、正面を向いて口を開いた。
「あの、文化祭でのクラスの出し物を決めたいんだけど」
その瞬間、途端に教室がしんっとなる。
こ、これが人望の差か。
まぁ、比べる相手が高嶺さんなのだから仕方がないかと息を吐くと、そんな俺を見てニヤニヤとした笑いを浮かべている大川やアキヒコの姿が目に入る。
あ、あいつら!
他人事だからって楽しみやがって。少しは協力してくれてもいいだろうに。
高嶺さんが俺と同じように意見を求めると「模擬店でいいんじゃない?」と、一人の女子から声が上がった。
高嶺さん「模擬店ね」と呟き、それを黒板に記そうとする。
「あ、俺が書くよ」
何もしないわけにはいかないと、俺は空かさずその役を買って出る。
「あ、じゃあお願い」と高嶺さん。たったそれだけのやり取り。それだけやり取りが、夢のように感じる程、幸せだった。だってこれまでまともに言葉を交わした事も殆んどないのだから。
模擬店かぁ。彼女の作った料理ならなんだって食べてみたいなぁと、俺は黒板に文字を書き込む。
「メイド喫茶!」
と言ったのは残念イケメン赤城だ。「えー」と女子達から不満の声が上がる。俺はそれを聞きながら黒板に記入する。
メイド喫茶。高嶺さんのメイド。メイドの高嶺さん。高嶺がメイド。頭の中でメイド姿の彼女が現れる。紅茶を淹れたり、食事を運んでくれたり。も、もしかして「ご主人様」なんて言ってもらえるのか?たまらない。たまらな過ぎるぞ。
「ね、根尾君?」
高嶺さんに言われて、はっとなる。どうやらトリップしてしまっていたらしい。
「お化け屋敷だってよ」
「あ、うん」
俺は黒板にお化け屋敷という字を書き始める。お化け屋敷。高嶺さんのお化け姿。それもそれでいいかもしれない。
ミイラだろうか?雪女だろうか?ナースだろうか?
いやいや。ナースはお化け屋敷に関係ないだろう。いやでも、ハロウィンとかでは結構定番っぽいし。高嶺さんのナース。ナースの高嶺さん。「診察しますね」とか言って、服を脱がされちゃったりなんかして……
「根尾君?」
「はっ!ごめんなさいっ!」
彼女の声で再び現実に戻ってくる。その際大きな声を出してしまったようで、あちこちからクスクスと笑い声が聞こえてくる。恥ずかしくて顔が真っ赤に染まった。
結局、文化祭の出し物なんてのは初めから選択肢が限られているもので、幾つか上がった候補の中から、俺達のクラスは模擬店をする事になった。
続いて何の模擬店をやるかという話し合いになったが、一部の女子達がタピオカドリンク屋をやりたいと言い出した事により、クラス全員の意見がそこへ纏まる。
こういう時に団結した女子の意見を曲げるのは難しい事だし、敢えてその強大な力に逆らってでも通したい程の意見をもつ奴はいなかったのだろう。
*
制服が夏服から冬服に変わった頃になると、文化祭のための話し合いや、その準備に放課後の時間を使う事がちょくちょく増えてきた。
この日は実行係の方の仕事だ。
最初に顔合わせをしたのと同じ、なんのために存在しているのかよく分からない教室。まあ、こうして利用しているのだから、意味がないというわけでもないのだろうが。
これまでこの場所での会議に何度か参加してきた。しかしその内容は文化祭全体の流れを決めるためのものであり、そうした重要な取り決めは三年生と生徒会の人達が主体となって行われるため、高嶺さんと一緒にいたいがためだけに実行係になっている俺は、置物同然としてその時間を過ごしていた。
しかし今日は少し違うらしい。というのも、今日は文化祭当日で使う飾り付けなどの準備をするらしいのだ。
俺達二学年には、紙で花を作る仕事が宛がわれた。体育館のステージなどに使うものだろう。
用意された紙を折ってホッチキスで止めて広げる。小学生の頃もやった事のある単純な作業だ。
俺の隣には高嶺さん。その奥に潮見達がいる。一年や三年生達は別の作業をしているらしい。
何をするか細かくは聞いていなかったが、今日こうした機会があるという事は分かっていた。つまり、高嶺さんと話す機会だ。
これまでは会議とは違い、こうして作業を続けながらだと会話をする事は不自然ではない。室内にも和気あいあいとした空気がある。
高嶺さんって動画とかみる?
昨日一日、熟考に熟考を重ねて導きだした、彼女へ話し掛けるための台詞だ。
これならいやらしさもないし、彼女の趣味をさりげなく知る事ができる。その後の会話にも繋げやすいだろう、と思っていたのだがそのための勇気が出ず、中々話し掛ける事を出来ずにいた。
思えば、こちらから彼女へ雑談を仕掛けるのは、初めての事かもしれない。
作業をしつつ、彼女を横目でチラチラと見ながら、その機会を伺う。
すると不意に彼女がこちらを向いた。ぶつかる視線。心臓がドキュン。
彼女は「どうしたの?」とでも言いたげに、微笑みを浮かべたまま首を傾げた。
今だ!と思い、俺は口を開く。
「た、高嶺さんっ!」
「は、はい!」
少し勢いを間違えて、大声を出てしまう。数人がこちらをチラリと向いたが、直ぐに作業に戻った。
深呼吸を二度。気を取り直して口にする。
「えっと、高嶺さんって、動画とか見る?」
「動画って投稿サイトとかの?結構見るよ」
「ど、どんなやつ?」
「うーん、最近は魚捌くやつとかかなぁ。スゴいんだよ。アンコウとか、吊るしたままザクザクって。皮がすごく綺麗に剥がれたり、お腹から他の魚が出てきたりして」
「へ、へぇ」
意外だ。てっきり猫の動画とかだと思っていたのだが。
少しでも話しを合わされるようにと、猫の動画で有名な投稿者や、女子に人気の投稿者について予習してきたのだが、どうやら無駄な努力だったようだ。
「あっ、今女の子っぽくないなぁとか思ったでしょ?」
「い、いや。そんな事は……」
「まぁ、自覚はしているからいいんだけどね。他に見るのもラーメンの動画とか、車を修理する動画とかだし。全然可愛くないでしょ?」
「い、いや。そんな事ないよ!そういう確りとした趣味があるのって、すごくいいと思う!」
早口で言うと彼女はキョトンとした様子を見せてから「ありがと」と微笑んだ。
会話はそれで途切れた。
結局その後、高嶺さんが隣にいる潮見と話し始めた事もあり、彼女と言葉を交わす機会は訪れなかった。
しかし俺にとっては大きな進歩である。今日というこの日は、俺が彼女へ自ら声をかけて会話をし、彼女の意外な趣味を知る事が出来た、記念すべき日と言えるだろう。
その日帰宅した俺は、魚の解体動画を見まくった。
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