第7話 決めるぜ!恋のゴール! 始動編
彼女の魅力が、衝撃となって俺を襲った。その場でふらつき、どうにか踏み留まる。
ジャージ姿。髪をポニーテールにした高嶺さん。ただ地べたに座っているだけだというのに、相変わらずの超弩級の破壊力である。
出来る事なら、このままずっと眺めていたいところだったが……
「おい、根尾!」
と聞こえて、我に返る。今は授業中。サッカーの試合の最中である。
「そっちいったぞ!」
見上げた先には広い青空。そこへ浮ぶサッカーボールが、こちらへ向かってくる。
「クリアだ!」
言われて、言われている言葉の意味も分からずに跳び跳ねた。
ボールは俺の背後へ落下し、ポンポンと音を発てた。
どっ!
と敵チームの生徒達から笑い声が上がった。
味方のチームメンバー達からは「何してんだよ!」と怒声が届く。
いつも通りの体育の授業。こんな事にはもう慣れっこだ。
ただ。
はっとして向けた視線その先で、クスリと笑った高嶺さんを見た。
絶望している間に、猛スピードで敵チームの1人が隣を駆け抜けていき、ゴールを決める。
上がった歓声に反応して、高嶺さんは小さく手を叩く。
*
「俺! 今日からサッカーの練習をする!」
放課後、教室でそれを告げると、アキヒコは困惑した様子で首を傾げた。
「はっ? なんで?」
「何でって、ゴールを入れれば高嶺さんが拍手して笑いかけてくれるんだぜ!」
熱をもって言った俺へ、アキヒコはため息を吐いた。
「なんかノボル。キャラ変わったね」
「そりゃあそうだろ。高嶺さんに会ってから、色々と努力するようになったからな。男としてのレベルがだな……」
「なんか前より更に馬鹿っぽくなった」
「なにぃ!?」
声を大きくし前のめりになると、アキヒコは顔をしかめて手をヒラヒラとさせた。
「でもまぁ、悪くないアイデアなんじゃないかな?」
「悪いわけねぇだろ。高嶺さんが笑ってくれるんだから」
「そうじゃなくて。カーストの事だよ」
「カースト?」
またそれか。思いはしたが、口には出さない。
「うん。男子のカースト上位陣を見れば分かるだろ? 彼らの殆んどはスポーツが得意だ」
「ああ。まぁ、そうだな」
「特に小学校なんかは、それだけでカーストが構成されているといっても過言でもないよ。例えば体育授業中、失敗した奴を責めるだけで自分の優位性を示せる。活躍すればする程、クラス内で目立った存在になれる。高校はそこまで単純ではないと思うけど、何の取り柄のないノボルがスポーツで活躍する事があれば、多少なりともクラスの人達から向けられる目は変わると思うよ」
「な、なるほど」
富士義輝と仲良くなる事が難しくなった以上、何か次の作戦を考えなければならない、とは思っていた。
高嶺さんに存在をアピールできるのと同時に、クラスの評価も上げられる。正に一石二鳥ではないか。
「よし。それじゃあ、早速今日から練習だ」
「うん。頑張って」
「おい! 手伝ってくれないのかよ!?」
「うん。だって僕、引きこもるのに忙しいし」
そう言ってアキヒコは、バッグ片手に目の前を去って行く。
分かっていた事だった。アイツはこれまで、一度として放課後の俺からの誘いを受けてくれた事はない。きっと家では沢山の恋人達が、アイツの帰宅を画面の中で待ちわびているのだろう。
一人で帰宅した俺は、制服からジャージに着替えると、倉庫に眠っていたサッカーボールを取り出し、家の前の道路へ出た。
自分の家と似たような、ごく平凡な家が並ぶ住宅地。ウチには庭はなく、付近に広場のような場所はないため、ここで練習するしかないだろう。
車通りは、多くない。道端は大型車が辛うじて通り抜けられる程度だ。左右はウチと正面の家との塀で挟まれているため、多少気を使えば他の家の敷地へボールが入り込んでしまう事もないように思われる。
俺は軽くアキレス腱を伸ばす運動をしてから、ボールを軽く上へ放り投げた。そして、落ちてきたそれを迎えるように、膝を上げる。リフティングというやつだ。
ボン。
と膝に当たったボールは、斜め右前方へ勢いよく飛んで行った。
「おとと……」
小さく呟きながら、走ってボールを拾いに行く。
元の位置に戻ってきて、再度リフティングにチャレンジ。
ボン。
右前方へ、行くボール。
「おととと……」
その後、三度挑戦を続けたが、まるで録画された映像のように同じ結果にしかならなかった。
仕方ない、と今度はボールを地面に置き、ドリブルを始めてみる。
そもそもリフティングを練習したからといって試合でなんの役に立つというのだろうか。詳しい事はしらないが、サッカーの試合で実際にリフティングをやっているところなど、見た事がない。
俺は直ぐにでも結果を出す必要があるんだ。ならばやるべき事は、もっと実戦的なこうした練習だろう。
タッタッタ。タッタッタ。
と、家の前の道路をボールを蹴りながら、往復し続ける。
タッタッタ。タッタッタ。
タッタッタ。タッタッタ。
面白くない……
なんて地味な練習だろうか。
もっとこう、なんというか、特訓って感じのをやるつもりだった。一応汗もかいてるし疲れもするのだが、これではあまりにも地味すぎる。
かといってここから離れるのは危ないし、そもそもサッカーの練習とは他に何をすればいいか分からない。
いつか読んだサッカー漫画の記憶を呼び起こしてみるも、蹴ったボールから火を出したり、寝そべった味方と足の裏を合わせ、空へ向かって飛び上がるような人達と同じ練習を、俺が出来るようにも思えなかった。
一先ず、毎日これを続けてみよう。
飽き性の俺だが、この日課だけは続けられる自信があった。続けなければならないと、強く思っていた。
全ては、高嶺さんに少しでも近くため。
この想いがあれば、俺はきっと、空だって飛んでやれる。
……というのは少し言い過ぎかもしれないが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます