第18話 修学旅行 三日目①
「ずいぶん楽しそうにしているけど、それでいいの?」
修学旅行三日目の夜。
幾つかの観光地を回り、ホテルの部屋に戻ってくると、アキヒコに言われた。
「いいのって、何がだよ?」
一緒に、アニメを観ようとしているところだった。昨夜アキヒコが見ていたのを覗いていたら、すっかりはまってしまったのだ。
「だって旅行は明日までなんだよ。それも明日は昼間の内に空港まで移動して飛行機に乗らないといけないから、出来るのはお土産を買うくらい。修学旅行の残された僅かな時間を、アニメを観ているだけに費やしてもいいのかなと思って」
「それをお前が言うのかよ」
「僕にとってはこれがベストの過ごし方だもん。でもノボルは、違うでしょ。修学旅行はいつも通りの授業や、いつも通り放課後じゃない。皆にとって特別な日。目立つにも、誰かと仲良くなるにも、またとない機会だと思うけど」
アキヒコに言われてハッとなった。
俺は楽しむ事にかまけて、大事な事を忘れてしまっていたのかもしれない。
高校生活でたった一度しかないイベント。
スクールカーストを成り上がるため、これを利用しない手はないのだ。
そもそも俺が今日のために観光地のあれこれを調べてきたのも、クラスの奴らに披露する機会があるかもしれないと思ったから。
その成果がまるでなかったというわけではないが、それはこの一大イベントに見合ったものとは言い難い。
残された時間は残り僅か。そして今はある意味、修学旅行で皆が一番楽しみにしていた時間。
アキヒコの言う通り、この時間をアニメ観賞なんかに費やしている場合ではないのだった。
「確かにそうだな。ちょっとホテルを彷徨いてみるよ」
「よかった。隣で色々言われるとアニメに集中出来ないんだよね」
「あっ! お前もしかして俺を追い出したかっただけかよ?」
「ふふ。バレちゃったか」
眼鏡を直しながらアキヒコは悪戯っぽく笑う。勿論、それが本心ではない事は分かっていた。なんだかんだでいい奴なのだ。コイツは。
多分だけど……。
鼻歌を歌いながら、アニメを観る準備を始めたアキヒコへ背を向け、俺は自室を後にした。
絨毯の敷かれた、暖色のライトに照らされた狭い廊下には、等間隔に部屋代の扉が並んでいる。
我が校の生徒達はこの階と、その上下数階に固まって宿泊している。
今は自由時間であるが、他の宿泊客がいるエントランスやその他の階への出入りは禁じられているため、彷徨けるのはこの周辺だけだ。
さて、どうしようと考えていると、少し先へすすんだところで、隣のクラスの女子が、うちの組の生徒がいる部屋をトントンとノックしているのが見える。
すると部屋からクラスの女子が現れて、二人は和気藹々と中へ入っていった。部屋の扉が開かれている間、中からは賑やかな声が聞こえてきていた。
これだ、と思う。
修学旅行の夜。一つの部屋に皆で集まって過ごす。これ以上カースト上位陣らしい過ごし方もない。
そこへ合流できれば、いつもより密に人と接する事ができるだろうし、きっと皆の頭の中にも、俺の存在が思い出と一緒に強く残る事になるだろう。
そうなればクラスの皆の俺への評価も、変わるような気がした。
問題はどの部屋を訪れるかだった。
多くの人間が集まっていそうなのは、頭脳明晰、スポーツ万能イケメン、誰とでも仲のいい
或いは圧倒的カリスマで多くの人間を惹き付ける、王の中の
富士の部屋には普段富士と行動を共にしている事が多い、やんちゃな連中が集まっているだろう。少し怖いが、あそこには二人で飯を食いに行った事もある大川がいる。クラスの中ではアキヒコの次に親しいといえる人間だ。
浅間の部屋にいるのはそれ以外の陽気な連中。人数は富士のところより多いかもしれない。しかしそれだけに誰がいるのかは予測が出来ない。また、あちらに集まりそうなメンバーは、浅間を含め、あまり話した事のない奴ばかりだ。
うーむ、と考えながら俺は廊下をさ迷う。
どちらの部屋にも誘われているわけではない。突然訪ねるというのは、かなりハードルが高い。
盛り上がっているところを一気に白けさせてしまうかもしれないし、それが富士のところにいる連中だったら「なんだテメェ」と胸ぐらを掴まれるくらいの事はあるかもしれない。
考えただけでドキドキが止まらなかった。
このまま部屋に戻り、アキヒコとアニメを観るという選択肢が、すごく魅力的に思えてくる。
だけど、それじゃ駄目だ。
それでは高嶺さんに近づけない。
そう思うだけで、勇気が湧いてくる。彼女に近づくためなら、俺は何だってできるのだ。
意を決して叩いたのは、富士が宿泊している部屋の扉だった。
コンコンとやり、反応が返って来なかったため更に強く叩いてみる。
そこで扉を開いたのは思わぬ人物だった。
「ひ、
「えっ? ノボル!?」
俺の目の前に現れた日和は、驚いた様子で口へ手を当てた。
驚きたいのはこちらの方だ。
「ど、どうして日和が富士の部屋に?」
口にすると、日和は真っ赤にした顔の前で、ブンブンと両手を振った。
「ち、違うから! そういうのじゃないから!」
何をそんなに慌てているのだろう。
不思議に思っていると、今度は部屋の奥から大川が顔を出す。
「おお、根尾。お前も中に入れよ」
戸惑いながら部屋の奥へ行くと、俺は更に困惑させられた。
まず俺の顔を見て「えっ、誰?」と口にしたのは、学年一のギャル、潮見(シオミ)である。ウェーブした明るい長い髪。夜なのに化粧もバッチリだ。顔は整っているが、ちょっぴりおっかない。
「根尾だよ。僕達と同じクラスの」
そして潮見へそう答えたのは同じクラスの二ノ森だった。
坊主頭。小太りの男子生徒。あの二ノ森君と大川君作戦でお馴染みの、大川の幼なじみだ。
潮見は俺達とは別のクラス。当然、この部屋の住人ではない。
そして日和も女子であるから富士と同室のわけではなく、もう一人いた二ノ森も、大川と同室。
つまりこの場所には、本来この部屋に宿泊しているはずの富士と、その同室であるはずの男子、岩木が存在していないのだった。
「どういう事?」
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