第19話 修学旅行 三日目②
首を傾げた俺を見て、大川は愉快そうに笑った。
「富士は知り合いの女に会うからってホテルを抜け出した」
「抜け出した!? てか知り合い? 北海道に?」
「まあ、富士だからな」
そう言われてしまえば納得せざるを得なかった。富士を普通の高校生と同じだと思ってはいけない。
「えっと、じゃあ岩木は?」
今度は潮見が答える。
「私の部屋。アイツ、私と同室の子と付き合っているから。二人きりの方がいいと思って空気読んで抜けてきたの。でもいつまで待っていればいいか分からないから、岩木が戻ってくるまでここで待ってようと思って。日和はその生け贄」
「な、なるほど」
潮見と日和は仲がいい。
違うクラスの、それも男の部屋に一人でいる事に抵抗を感じて、連れて来たのだろう。
大川と二ノ森は、富士達と過ごすためにこの部屋にやって来ていた。
そこで岩木が彼女に呼び出され離脱。その代わりに潮見と日和がやって来て、その後に富士が部屋を出ていったという事らしい。
「なんだかめちゃくちゃだなぁ」
「でもこれはこれで面白くねぇ?」
大川のテンションが異様に高い。
夜に皆で集まっているからかもしれないし、その中に女子がいるからかもしれない。
内心、俺だってとっても緊張している。
修学旅行の夜に女子と同じ部屋で過ごすなんてシチュエーションでドキドキしないはずはない。
しかし潮見は憂鬱げに言った。
「てか私、日和の部屋で待ってようかな。富士君も居なくなっちゃったし。岩木帰ってきたら呼びにきてよ大川」
そもそも岩木が自分の部屋から居なくなったのかなんて、スマホで同室の子と連絡を取れば簡単に確認できる。端からそうしなかったのは、富士に会いたかったためのようである。岩木を口実に使っただけなのだろう。
「はぁ? 折角なんだからもうちょっとなんかやろうぜ」
「なんかって何よ?」
「……ト、トランプとか」
「小学生かよ」
潮見は呆れた様子でため息を吐いた。
少しだけ気まずい空気が流れ始めたが、俺は言葉を発する事は出来ない。何故ならモジモジしてしまっているからだ。
それでも大川は、女子といるというこの状況をどうしても長引かせたいようだった。
「なんだよ。いいだろトランプ。やってみれば面白いって」
「あー。分かった、分かった。じゃあ準備してよ」
「お、おう。てか部屋行かねぇとねぇや」
潮見がぐっと眉間に皺を寄せると、それを合図にしたかのように、二ノ森が立ち上がる。
「あっ、じゃあ僕持ってくるよ」
叶うなら俺がその役を引き受けたかった。二ノ森が戻ってくるまで、そう思うくらいに部屋のムードは悪かったのだ。
「大富豪でいいよな」
大川が届けられたトランプを切りながら言った。
知らない遊び方だった。トランプで俺が知っているものと言えば、ババ抜きか神経衰弱くらいのものだ。
しかし他の奴はそうではないようで「8切りは?」と潮見。
大川が「当然」と答えると、続けて二ノ森が「イレブンバックは?」。日和が「階段は?」と続けて尋ねた。
え? 何それ?
さすがにそのまま始めるわけにもいかないので、素直に知らない事を伝えると、一同は信じられないといった表情。
昔から付き合いのある日和だけは、分かっていたという風の顔をしていた。
ざっくりとしたレクチャーを受けた後、いよいよゲームが開始される。
「とりあえずルールは8切りと革命だけだな。初めての奴もいるし」
ちらりと大川がこちらを見る。
何だかごめんなさい。友達がいなかったもので。
大富豪というのは配られた手札を早く無くした者が勝ちというゲームであるようだった。
ルールを聞いた限りでは、強いカードが沢山くれば初めてでも勝ち目はあるだろう。と、思った俺であったが、ほどなくしてそれは間違いであった事を思い知らされる。
「じゃあ、ここで8で切って」
二ノ森が控えめに言って、場のカードを端へ寄せる。
「次は1のトリプル」
白くムチムチとした手が三枚のカードを出すと、俺を含めた全員が、パスをコールする。
「じゃあジョーカーと8のペアで切って、5のペア。これで上がりね」
「ええっ!?」
と、声を上げたのは俺だけだった。
なんだ、今の連続攻撃は。
二ノ森の手札には8枚のカードがあったのに、それを一気に使いきってしまったのだ。
「すげぇな、二ノ森。プロみたいだ」
「べ、別に普通だよ。大富豪はどれだけ早く余分な手札を減らして、こういう勝ち筋を作れるかがコツなんだ」
「へぇ。結構頭使うんだな」
感心して言うと、大川が「教えなきゃカモにできるのに」と冗談っぽく笑った。
俺の手札はそれほど悪いものではなかった。
しかし俺がコツを知ったのはゲーム中盤。考えなしに出したせいでバラバラになった手札で、経験者三人に太刀打ちできるはずもなく、初戦はなす術もなく敗北した。
大富豪というゲームの恐ろしいところは、ここからだった。
最下位。つまり大貧民となった俺は、次回の勝負で最も強いカードを二枚、大富豪である二ノ森と交換しなければならないらしい。
「初めてだったんだから次からでよくない?」
日和はそう言ったが、富豪になっていた大川はそれを良しとしなかった。
「いや。ルールはルールだからな。このまま続けようぜ」
次の勝負。初心者であるはずの俺が、不利な手札で勝てるはずはなかった。
一度敗北した者は、次にハンデを背負って戦わなければならない。まるで世界の縮図。スクールカーストを表しているかのようなゲームだと思った。
そこから中々抜け出せないのも同じで、その後も俺は、大貧民、貧民、大貧民と、負けを繰り返した。
その後一度平民まで上がったが、また最下位になり、低空飛行に逆戻り。
「おいおい、また根尾の負けかよぉ!」
負ける度に大川にからかわれ、皆が笑う。少し恥ずかしいが、奴がその場を盛り上げるためにそうしているのも分かったし、何より大富豪というゲームが、皆で集まってトランプをするという事が、すごく楽しかった。
みるみると時間は過ぎていった。
皆が少しダレてきたところで「罰ゲームとかあった方が面白くない?」と潮見が提案し「おお、いいな」と大川が賛同する。
負けてばかりの俺としては、中々リスキーな提案である。
「罰ゲームって、何するんだよ?」
「うーん、どうするかなぁ」
大川が皆を見回すと、二ノ森が口を開く。
「しっぺとかは?」
「駄目だろ。女子もいるんだぞ」
「ああ、そっか。いつもの癖で」
この二人は、昔から今まで、ずっとこんな関係を続けているのだろう。少しうらやましい。
今はあまり話さなくなってしまった幼なじみへ顔を向けると、日和は目があった途端にぷいっとそっぽを向いた。
「じゃあさ。好きな人発表しようよ。そういうのが一番盛り上がるでしょ」
目を輝かせて言ったのは潮見だ。
それ以外の全員が驚きを露にし、真っ先に大川が口を開く。
「はぁ!? 好きな人とか、俺いねぇし!」
「気になる人とかでもいいから。それくらいじゃないと面白くないでしょ」
「そりゃお前は富士一択だから負けてもダメージ少ないけどよ……」
「なにビビってんの。別に気になる人言うくらいよくない? 嫌なら勝てばいいんだし」
「別にビビってるとかじゃねぇよ。わかった。じゃあそれでやろうぜ」
残された俺達が拒否できるような雰囲気ではなかった。こっそり日和の顔を覗き見ると、その瞳には不安の色が滲んでいた。
そうして負けられない戦いが始まった。
さっきまでの成績は無かった事にはなっていない。大富豪の日和とカードの交換を行ってからのスタート。
やはり劣勢を強いられ、先程富豪だった大川が早々に手札を無くした。
「よし、上がり! おぉ、緊張した」
お次は潮見の連続攻撃。8切り、2のペア、続けて出されたカードにより、状況は一変する。
「はい、革命」
場に出された4枚のキング。これによってカードの優劣が逆転。
端からこれを狙っていたのだろう。潮見は手札に温存していた3や4のカードを使い、二位で上がり。
残りは俺と二ノ森、そして日和の勝負になった。
まさか革命が起こるとは思っていなかったため、いい手札は残っていない。しかしそれはあとの二人も同じ。大富豪だった日和は尚更なのだろう。見るからに焦っているのが分かる。感情が顔に出やすいのは、昔から変わっていない。
それからは特に派手な展開はなく、二ノ森がぬるっと勝利。
俺と日和の一騎討ちになったが、俺の勝利は決まっているようなものだった。
「パス」
場に出したのは7のカード。革命が起きているため、7以下の数字を出せばいいわけだが、日和はそれを持っていないようだ。
残る俺の手札はクイーンと5と4。つまりクイーンが最後の一枚になるように出していけば、日和に出番は回らない。
4のカードに指をかけた俺。しかし正面にいる日和の、今にも泣きだしそうな顔を見て手を止めた。
妙に律儀なところのある日和だ。負けても適当な名前を言って誤魔化せばいいなんて考えは、浮かんでいないのだろう。
そしてその顔色を見る限り、日和には誰にも明かしたくはない、心に決めた人がいる事を感じ取る事ができた。
俺は息を吐いてクイーンのカードを場に出す。
なんだか嫌だなと思ったからだった。
日和の好きな相手は検討もつかないが、こんなところでそれを明かし、コイツが皆にからかわれるところは見たくはなかった。
日和は場を8で流して、10を二枚。ペアを出されてしまえば俺に打つ手はない。それを日和も気づいているようだった。
そうして俺は敗北を喫した。
「負けたぁ」
「うわ、根尾馬鹿だなぁ。違う順番で出していたら勝ってたじゃん」
俺が手放したカードを見て大川が言ってきたが「そうなの!?」と知らないふりを決め込む。
日和の反応が気になったが、そちらを確認している余裕はない。
「それじゃ、発表してもらいましょうか」
潮見の言葉を合図に、全員の視線が俺に集まったからだ。
とても逃げられる空気ではなかった。
「お、俺の好きは人は……」
ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえる。大川には前に話した事があるから、それ以外の誰かだろう。
「俺の好きな人はだな……」
その時、ガチャと部屋の扉が開いた。
「ただいまー。ってなんか人多くね!?」
「あっ、トランプやってるじゃん。混ぜて混ぜて!」
この部屋の本来の住人である岩木と、その彼女であった。
結局それがきっかけで俺の告白は、うやむやになる。
俺達は新たな二人を加わえてトランプを続ける事となった。
二人部屋に七人も入ってしまったため、かなり窮屈であったが、それそれで楽しかった。
こうして、俺の大人数で過ごす初めての夜は更けていく。
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