第9話 決めるぜ!恋のゴール! 試合編


 とうとうこの日がやって来た。


 これまで部活などをやって来なかった俺。思えば、何かに真剣に取り組み、その成果を試す機会など、テストを除けば初めての事かもしれない。


 背の低い、筋肉質の体育教師が吹く笛を合図に、試合が始まった。


 俺の位置は後列左端。参加人数の関係で、互いのチームは9人ずつであるが、サイドバックというポジションになるだろう。


 出来る事ならもっと前線にいたかった。しかしこれまでの実績を思えば、文句を言えた義理じゃない。そうでなくたって、あれだけ大勢の前で意見する事なんて出来なかった。


 それでもボールが一度も回って来ない事はないだろうと、俺は試合に集中する。以前までなら出来るだけボールに触れずに授業を終える事を望んでいたというのに、自分でも驚く変化だ。


 序盤はこちらのチームが優勢。前線でボールを支配し続けているため、俺の出番は回って来ない。あちらにボールを奪われても、中央付近で直ぐに取り返しては攻めに転じるという展開が続く。


 やがてこちらのチームにチャンスがやって来た。敵が密集する中央ラインを避け、左サイドの大川が俊足を活かし敵陣へ。


 そしてゴール前へ集まった味方へセンタリングが送られた。


 敵味方入り乱れたその場所へ、ボールは弧を描いて落下する。一斉に飛び上がった選手達。競り勝ったのはこちらのチームの選手だ。


 勢いよく振られたその頭が、ボールを捉えた。弾かれたボールは相手ゴールへ一直線。


 しかしその間に、敵のゴールキーパーが割って入った。


 ボールはキャッチされた。


「カウンターだ!」


 次の瞬間響いたその声は、味方と敵、どちらから上がったものかは分からなかった。


 ただ、分かっていたのはこちらのピンチが訪れたという事だ。


 相手キーパーが思い切り腕を振り、ボールが放り投げられる。腕で投げているとは思えない飛距離。敵側に集まったこちらの選手達の頭を越え、ボールはみるみるこちらの陣地へ向かってくる。


 そうしてコートのハーフラインを越えた辺りに落下したボールに唯一追い付いたのは、敵側のフォワード、サッカー部に所属する浅間だった。


 器量よし性格よし、クラスの女子からの人気を富士と二分する、爽やかスポーツマンタイプのイケメンだ。


 ボールを取った浅間は、短く切り揃えられた黒髪を風に靡かせながら、猛スピードでこちらへ駆けてくる。


 こちら側に残っているディフェンダーは俺を含めて三人。全員がカースト下位勢。チームメイト達の顔には、ハッキリと諦めの色が浮かんでいた。


 しかし。


 俺はこの時を待っていた。


 とうとうやって来た活躍のチャンス。地面を蹴り、意気揚々と浅間の元へ駆けていく。


 正面に見据えた浅間は、驚きの表情。それもそうだろう。今まで一度として体育の授業に積極的に参加して来なかった俺だ。ボールに触れる事があったとしても、チームの足を引っ張る結果にしか繋げた事はない。そんな奴が、浅間に挑むとは。見ている余裕はないが、クラスの誰もが同じ事を思っているだろう。


『ディフェンスは重心を低く。敵のプレッシャーに負けちゃ駄目だ』


 日和ヒヨリの弟、アサヒ達との特訓で学んだ事を頭の中で繰り返しながら、浅間の前に立ち塞がった俺は、股を広げて腰を落とした。


 浅間はスピードを緩める事なく、こちらへ突っ込んで来る。


『実力のある人程、普段活躍をしない人の事を甘くみるものだよ。雑なプレイや、見栄えのいいプレイをしようとするはず。その油断を狙うんだ』


 もしここに立っているのが俺でなければ、浅間は一度足を止め、後ろからやって来る味方を待つ事も考えただろう。


 しかし奴はそんな素振りすら見せなかった。


 華麗なドリブルで俺へと迫り、ちょんとボールを蹴りだした。


 ディフェンダーの股の間へ的確にボールを通し、そのまま相手を抜き去る、股抜きと呼ばれる高等テクニック。低く構えるいうディフェンダーの当たり前を逆手に取った、自分のスキルの高さを見せつけるにはもってこいの技だ。


 しかし。これは相手の意表を突いてこそ成立させられる技。端から予想を立てている俺には、通用しない。


 ぱっ、と移動させた右足にぶつかりボールは止まる。驚いた浅間の顔。それを一瞥、ボールを蹴りだし、俺は浅間を抜き去った。


 コート上で、どよめきが上がる。


 体験した事のない興奮が体を駆け巡る。


 俺は敵陣へ向け、全力で走った。


 散々練習したドリブル。後ろから駆けてくる浅間にも、そう簡単には追い付かれない。


 あっという間にハーフラインを越えた。


 パスを要求する味方の声が届くが、今はまだその時ではない。


 俺の目的は、この試合に勝つ事ではなく、この試合で目立つ事なのだ。


 まぐれでサッカー部からボールを取った。そんな活躍だけで、満足してはいけない。


 更に数メートル進んだところで、相手チームの選手が正面から迫り来る。


 今は守る側ではなく、攻める側。それでも立場が変わったわけではない。


 俺はスクールカースト最底辺の男。


 例え攻め手に回ったところで、相手が俺を見る目は変わらない。


 だから俺はそこをつく。


 時間や練習相手の都合上、ディフェンダーをかわすテクニックなど、殆んど練習出来ていなかった。

 

 それでも覚えたたった一つの技。相手の油断に膳立てされた、最高に見栄えのいい特殊技能スペシャルスキル


 このまま進めば敵ディフェンダーと衝突しようというその時、俺はボールの前後を両足で挟んで跳躍。そのまま空目掛けて踵を蹴り上げた。


 ボールは俺の背中の後ろで浮び上がる。つまり相手からすれば完全な死角。そのままボールは俺の頭を、相手選手の頭を越えたその先へ。


 ヒールリフト。


 あの有名サッカー漫画の主人公も、得意としていた技だ。


 きょとんと立ち止まった相手ディフェンダーの横を、俺は歓声を浴びながら駆け抜けた。敵の後ろに落下しているボールを蹴り出し、再びドリブルで進んでいく。


「なんだよアイツ!? あんな事できんのかよ!」


「はぁ!? 本当に根尾か!?」


 周りで聞こえる声は、喧しい心臓の音で殆んど聞こえなかった。


 大声で笑い出してしまいたいくらい愉快で、ボールを蹴りながら進まなければいけない事をもどかしく感じる程の興奮。


 ゴールが近付いてくる。


 前から駆けてくる二人のディフェンダー。


 そこで聞こえる旭の声。


『一番気をつけなきゃいけないのはね、自己中にならない事だよ。サッカーはチームでやるスポーツだから。それを忘れて自分の活躍ばかり考えていると、味方にだって嫌われちゃう』


 はっとなって、足を止め、辺りを見渡す。


「根尾!」と叫んだのは大川で、手薄になった敵陣中央を駆けるその向かう先へ、俺はボールを蹴りだした。


 敵ディフェンダーを抜いた先で、ボールを受け取る大川。


 オフサイドは、ない。


 完全なフリー。前にはゴールキーパーただ一人。


 短気で傲慢、成績は悪いが、運動だけはできる大川が、こんな状況で為損なうはずがなかった。


 大川の放ったシュートは、相手ゴールの左上隅へ一直線。横へ跳んだゴールキーパー。ボールは伸ばしたその右手の10センチ先を通過し、ネットを揺らした。


 ピイィィィ!


 体育教師チビマッチョの笛が鳴らされ、歓喜の声が上がる。


 得点を上げた大川は、数メートル走った後、ジャンプをしながら体を反転。両手を広げ雄叫びを上げる。チームメイト達がそこへ駆け寄り、思い思いの方々で彼を讃えた。


 今回は俺も得点に絡んだのだ。あそこへ行って、一緒に盛り上がるべきだろうかと考えていると、俺に気が付いた大川が、こちらへ駆けてきて右手を上げる。


 突然の事に俺は戸惑った。頭でも叩かれるのかと思ったが、どうやらそうではない。


「右手!」


「えっ?」


「右手上げろって!」


 言われるがままに開いた右手を掲げると、そこパチンッと強い衝撃。


「お前。結構すげぇんだな。驚いたわ」


 照れくさそうに発音された言葉に、ゾクゾクとした何かが、全身を駆け巡った。


「お、おう! ありがとう! ありがとうなっ!」


 抑えきれなくなった喜びが、言葉になって溢れだす。


「喜び過ぎだろ」


 苦笑いした大川が友人達の方へ戻って行くと、俺はまだ痺れている右手を握り締めた。


 やった。やってやったぞこの野郎。


 底辺だって、やれるのだ。もしかしたらこれまで、俺をそれをやろうとして来なかっただけなのかもしれない。


*


 結局試合は一対二。俺達の敗北という結果で幕を閉じた。


 俺のアシストによる得点の後、勢いに乗ったかのように思えた我々のチームであったが、攻め気になった隙をつかれ、失点。得点を決めたのはサッカー部の浅間だった。


 そしてその直後に、富士義輝の個人技に圧倒され、決勝点を許す事となる。


 浅間と富士。この二人が相手チームに揃ってしまっていた事が今回の最大の敗因と言えるかもしれない。


 肝心の俺はというと、最初の得点に絡んだ時以上の活躍はみせる事が出来なかった。それでもそれなりに、人並み程度にはチームへ貢献できた。それだけでも俺にとっては大きすぎる成長だ。


 授業が終わった後は大変だった。


 教室へ戻ると、浅間や大川。そのグループの奴らに囲まれ、次々に言葉を投げ掛けられた。


 その間、ただただ戸惑い、気の利いた事などまるで言えずに過ごす事となったのだが、クラスの男子達の俺への評価に、多少なりとも変化があったという確証だけは得る事が出来た。


 ブームのような俺への声かけが終わったその後、見計らったようにやって来たのは無二の親友、筑波明彦ツクバアキヒコで、ああ、そういえばコイツにはまだ話し掛けられてなかったな、と漸くその存在を思い出したのは、試合中、同じチームにいる事にすら気付けないプレイスタイルを、コイツが一貫して貫き通していたからに他ならなかった。


「練習。本当にしたんだ?」


「ああ。驚いたろ?」


「そりゃあ、もう」


 目を見開いて言ったアキヒコの笑顔に、ここまで感じていたのとは別の種類の喜びを覚えた。


「今回は点を入れられなかったけどな、次こそは必ず得点して、今日以上の活躍をみせてやるぜ」


「いや。それは無理なんじゃないかな?」


「はぁ? なんでだよ!?」


「だってほら。サッカーの授業って、今日で最後じゃなかったっけ?」


「ええぇぇ!?」


 こうして俺はサッカー漬けの生活から卒業する事となった。


 次回からの体育は、バスケットをやるらしい。


 旭達は、また協力してくれるだろうか……

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