その物語は黄金色に輝く

いつもと違う帰り道で素敵なカフェを見つけた時、古本屋でずっと探していた本に出会った時、森の奥できらきら光る石を拾った時。
そんなときめく、心躍る、これから何か素敵なことが起きるのではという瞬間、誰にでも覚えがあるのではないでしょうか。
プロローグを読み終えた時、まさしく私の胸は高鳴りました。
ほんの一ページで心を奪われたのです。だからこのレビューを読んでいる方も、クリックしてさっさと読み始めるのが時間の効率化です。
……まあ、もし、お時間がある方は、この駄文にお付き合いください。

どれほどの高鳴りだったか、車に乗り込んで運転を始める前にちょっとだけと読み始め、運転して、やっぱり途中でスーパーに停めてコメントを入れるほど──そうありのままを述べれば少しは伝わるでしょうか。人はあんまり素敵な幸福に出会うと夢ではないかしら、夢になるのではないかしらと慌てて足跡をつけたくなるもの。

物語は孤児院出のルカ少年が活版印刷所の徒弟となるために王都を訪れ、しかし生来の〝視える力〟で具合を悪くしてしまい、一人の紳士に声を掛けられたところから始まります。紳士の名はアーサー・シグマルディ。後のルカ少年の師となる幻術師。
ルカ少年が、彼ら師弟の生活と後に起きる事件を振り返るという語り口で物語は進みます。
文体は平易でありながらユーモア、ウィットに溢れ、日常のなんでもないやりとりが活写されています。終盤出てきた「くしゃみ」のやりとりにはニヤリとさせられました。

幻術師であるアーサーの魅力は、ルカ少年の目を通してあますことなく語られます。
彼は師である先生が好きで好きでたまらない。ものぐさなところ、ずるいところ、とびきりの幻術師というところ、全部含めて。
変わらぬ崇敬と親愛と郷愁。だからルカ少年が「先生」と口にするたび、泣きたくなるほどに幸福な気持ちにさせられるのです。
読了し、プロローグを読み返し、嘆息つかされました。

〝――そして目を開けると、幸福が服を着て立っているというわけさ、ルカ君。〟

この台詞は師の偽らざる気持ちであり、一読者の気持ちを代弁してくれているのだから。
プロローグで全てが語られており、読了した今、読み始めた時のときめきは色褪せるどころかさらに黄金色を増して輝いているなんて。

以前、他の方へのレビューで私は「その物語に風は吹いているか」という見出しを付けました。良い物語には風が吹く、それは光だったり、色だったり、音楽だったり、別物でも良い。読み始めたら、ここではないどこかへ連れて行かれる感覚を与えてくれる、と──この物語は、まさしく黄金色の光です。ページを開けたなら、優しい黄昏色が溢れ出す。そして読むほどに、タイトルに冠した『黄昏』の深い深い色味を知っていくのです。

……と言っても、それって個人の感想ですよね?
ええ、まさしく、以上も以下もなく。だから貴方もまずは一ページを開いて、どうぞお確かめください。

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