黄昏の幻術師
小林礼
プロローグ
プロローグ
あの日々を
木枯らし吹く季節はすりきれた毛織りのひざ掛けにくるまり、夏の昼下がりはシャツの襟をくつろげて。長椅子の上で窮屈そうに手足を折り曲げながらも、その寝顔はいつも穏やかだった。
ぼくが午後のお茶を運んでいくと、先生は薄く目を開けて大きくのびをする。それから、陽の光と同じ色の瞳でぼくに微笑みかけるのだ。
――この瞬間がいいんだな。
先生はよくそう言っていた。階下からただよう焼き立てのビスケットの香り。茶器の触れ合うかすかな響き。階段を登ってくるかるい足音。そのすべてが心地良いと。
――そして目を開けると、幸福が服を着て立っているというわけさ、ルカ君。
てらいもなくそんな台詞を口にしながら、先生はぼくからカップを受けとる。おおげさですよ、と呆れるぼくに、先生は骨ばった指で白い髪をすきながら、とんでもない、とすました顔で主張する。
――誰かが自分のために、お茶を
自分で淹れるより他の誰かに淹れてもらうお茶のほうが美味しい、というのが先生の持論だった。もっぱら淹れる側であったぼくには、その説が
かわりに、ぼくはぼくで信奉している説があった。ひとりで飲むお茶より先生と飲むお茶のほうがずっと美味しい、という。
幸福、という言葉を耳にするとき、ぼくの頭にはきまってこの光景がよみがえる。
透き通る金の陽射し。白い陶器に映える深い
先生の話をしよう。
ぼくの師、アーサー・シグマルディ。かつて女王陛下の英雄と呼ばれた男と、ぼくが過ごした日々の話を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます