第十四回 煬帝は史を読みて城を修め、慶児は君を拯いて夢に魘さる
※
樹々につけた造花が
美女であれば夫人、宮女を問わず日夜ただ淫楽のみを事とし、手には
夫人のなかでも造花を考えついた
その時、上流より桃の花弁が
この清修院は周囲を龍鱗渠に囲まれて小舟でしか到りつけず、その水路も屈曲して岸には桃の木が植えられ、
煬帝は工夫の利く秦夫人の趣向であろうと思って申します。
「よい眺めである。桃花源の仙境に身を置いているようだ」
そう言ううちにも桃の花弁は目の前を流れ、水面をよく見れば
▼
「さて、誰がこのようなことを致しましたのやら」
秦夫人が
「夫人でなくて誰がこのような工夫をするものか」
「いえ、
そう言うと、秦夫人は宮女を呼んで竿で水面の桃花を掬わせてみれば、それらは造花ではなく真の花、それを見た煬帝が驚くと秦夫人が申します。
「冬の最中に桃の花とは異なこと、この
「この龍鱗渠は
▼西苑は
「それでは、妾とともに舟に乗ってこの花がどこから来たのか、
秦夫人がそう言うと、煬帝は一隻の小舟を呼んでともに座し、一人の
※
舟が渠を遡る間も桃の花は途切れることなく流れ下り、小舟は小さな石橋をくぐって
先を見れば一人の女子が水辺にあって桃の花を水面に散らしており、煬帝が小舟を寄せてみれば他ならぬ
「誰の仕業かと思えば、この小娘であったか」
煬帝が膝を打って笑うと、妥娘が申します。
「桃の花がなければ、陛下が妾の
「この小娘も悪知恵を憶えたものだ」
煬帝はそう言うと妥娘にも舟に乗るよう命じました。
「今は冬の最中というのに、この桃の花はどうやって手に入れたのでしょう?」
秦夫人が問うと、妥娘が申します。
「春先に樹々の下に散っておりましたものを集めて箱に入れ、
「お前は書も読まないのにどうして桃花源の故事を知っているのか。そうでなくては胡麻飯のついた椀を流す工夫はできるまい」
煬帝が問うと妥娘が怒って申します。
「陛下は妾が文字を知らないと侮っておられるのですか?」
秦夫人はまだ訝し気です。
「桃花源のことは昔からの言い伝えですが、出所が怪しいと聞き及んでおります。もともとはどのような書物に書かれているのでしょう?」
「『
▼『晋書』は唐代に
好奇心旺盛な秦夫人は喜んで申します。
「その書はいずこにありましょうや。陛下とご一緒に本当に載っているか、見てみたく存じます」
「『秦史』は
煬帝はそう言うと、大船を呼んで秦夫人とともに乗り移り、観文殿に向かったのでございました。
※
観文殿は大量の蔵書を収めて四方の壁面すべてに棚が置かれ、棚には書巻が満ちて前漢の書庫であった
▼通常、国家の書庫は「
煬帝が宦官に命じると、『秦史』を載せた龍の模様入りの
煬帝が別の一冊を手にすると図らずも始皇帝の本紀、
読むうちに煬帝は始皇帝や
「英雄のなすことは自ずから壮大になるものよ」
煬帝が案を打ってそう言うと、秦夫人が何ごとかと問いかけました。
「秦の始皇帝は
▼煬帝の母の
「七、八百年も過ぎたのであれば、もはや崩れたところもございましょうね」
「真にその通りだ。もしそうであるならば惜しむべきこと、朕が修理して始皇帝の勲功を補わねばならぬ」
そう言うと、煬帝は桃花源のことを忘れて慌ただしく
※
煬帝は
「秦の始皇帝の長城は西北一帯の要害であるが、今や破損しているところも多い。これを捨て置くわけにはいかぬ。卿らはどうして上奏して修理を申し出ぬのか」
「長城は破損してすでに久しく、歴代にこれを修復せんと望む
「朕がこの長城を修復せねば、次にこのような大事を行う者は出まい」
煬帝は満足げにそう言うと、
蘇威は先年、
その蘇威が煬帝の命を受けて申します。
「秦の始皇帝が長城を築いた際には限りなき金銀米穀を費やして天下の万民を苦しめ、怨みの気は天に昇って
「先に朕が美女を選ばせたときにお前は国が衰えると言ったが、朕は今や西苑の十六院と
「臣の
「朝廷には数多の官人がおる。どうしてお前の他に長城の修復を命じられる者がおらぬわけがあろうか」
煬帝は激怒して蘇威を追い出し、改めて宇文弼を
煬帝の命を受けた宇文弼と宇文愷は即日に天下に命を発して人夫と
▼紫河は隋代の
長城修復による国の費えと民の苦しみは甚だしいもの、天下の百姓の死者が幾ばくかも知らず民の嘆きも顧みず、宇文弼と宇文愷は日夜督促して二月の間に修復を終えたのでございました。
二人が長城修復の完了を上奏すれば、煬帝は喜んで官職を昇らせて士卒に恩賞を下し、
「今は炎熱の気候、巡幸には不向きでございます。
煬帝は皇后の諫めを聴いて巡幸を延期したのでございました。
※
ある日、煬帝が蕭皇后とともに
この景明院は三間の大殿が
三人はその快さに覚えず痛飲し、揃って
身を起こして殿より出れば宮女たちが梁夫人を起こそうとしますが、煬帝は手を振ってそれを止め、
月明りの中を散策しておりますと、たちまち一陣の涼風が
ここは
煬帝が興に乗じて院中に入れば、宮女たちはすべて奥向きにあって
煬帝が戯れに起こさず添い寝してみれば、肌には冷や汗を流して呼吸は荒く、何かを恐れているかのよう、夢中に
王義が駆けよって七、八度も声をかけるとようやく目を覚まし、しばらく心を静めて落ち着いたところに煬帝が声をかけました。
「夢の中でどのような急事があってそんなに慌てているのか」
「妾は陛下の夢を見ていささかうなされておりました。どのような夢であったかは申せませぬ」
「聖天子には百神の守護がある。どうして不吉などを恐れようか。早く話すがよい」
「先ほど夢の中にて陛下が妾の手を執られてともに十六院を遊び回り、第十院の殿上に酒盃を干されると空中より一条の白龍が下りて首を巡り、また
煬帝は
「龍は君の
それを聞いた慶児が
「夢の吉凶は測りがたいものでございます。陛下におかれましては徳を修め、禍を転じて福となされますよう」
「お前の言葉には理がある」
それより、煬帝と王義が話しているところ、蕭皇后と梁夫人が宮女に
それよりはみなで笑い戯れて時を過ごし、煬帝が先ほどの慶児の夢を語って聞かせれば、蕭皇后は喜んで申します。
「そのような吉夢を見られたのであれば、慶賀しなければなりませんね」
ついに皇后は酒宴の支度を命じ、それよりみなで飲み直したことでございました。
隋煬帝外史──隋煬帝艷史── 河東竹緒 @takeo_kawahigashi
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