第十二回 花蔭に會して妥娘は寵を邀え、後庭に舞いて麗華は詩を索む
後庭に舞いて
※
往来に際しては必ずしも十六院の夫人に送迎を求めず、その時の気分次第で往来して行先が分からないことも多々ございます。
今日はこちらの院に泊まり、明日はあちらの院に
そのなかでも
※
ある夜、煬帝が
大きな石の傍らに身を潜めて見やれば、年のころは十五、六、風にしなる
大石を通り過ぎるところを煬帝に後ろから抱きすくめられると、宮女は引き離して逃れようといたしました。
「朕はここに隠れておったのだ。お前は何を驚くのか」
煬帝が笑ってそう言うと、それと覚った宮女は
「
「お前のような愛らしい娘を罪するなどあり得ぬよ」
煬帝は宮女の手を執って誘うと庭園の花々を
「賤妾は
名を問われると宮女はそう甘え、煬帝は
煬帝は積珍院には戻らず
煬帝は二人の傍らで勝負を見物し、その夜は影紋院に宿ったのでございました。
※
またある日、煬帝は
北海の岸上にある
「陳の
陳の後主と煬帝は
「朕と卿は
言われた後主は一拝し、煬帝は傍らの座を勧めました。
「臣は年少の頃より陛下と遊び戯れ、親しみは骨肉の親と変わりございません。もはやお会いすることもなくなって久しうございますが、臣を憶えておられますでしょうか」
▼陳の後主=陳叔宝は37歳の時に国が滅んで隋に降っており、その時は煬帝も20歳を超えていますので、年少って何歳のことなんですかね?
「昔馴染みは
「陛下がお忘れになっていなくとも、今や天子となられて四海の富を有され、昔日とは大違い、誠に深く羨むところでございます」
「富貴は時の運、卿は失って朕は得た。みな偶然のことに過ぎぬ。卿はそれでも羨ましく思うかね」
「国を滅ぼされたことを恨みには思いませぬが、あの日、
「往事を怨んでも
「麗華はあの船におります。陛下の勅命とあれば連れてまいりましょう」
張麗華はそれぞれに楽器を抱えた十数人の侍女とともに観瀾亭に入って煬帝を拝しますが、世に謳われた美貌は
「久しく
「妾は歌を棄てて久しく、また最近の歌舞を知りませぬ。ましてや井戸より出たのもつい最近のこと、往時のようには舞えませぬ。そのようなものを天子のお目にかけるわけにはまいりません」
張麗華がそう言って辞すると、傍らの後主が申します。
「天子が一曲を望まれているのだ。推して舞って御覧に入れよ」
そう言われては張麗華も是非なく、錦の褥を敷くよう侍女に命じ、宮女たちが楽を奏でれば、褥の上に
※
唐突に舞が終わり、煬帝は手を
「臣はこの曲を書くために多くの心力を費やしましたが、完成してわずか数日で国が滅びたのでございます。この歌を聞くと亡国の悲しみに堪えられませぬ」
後主が涙を流すと煬帝が申します。
「卿は国を滅ぼしたがこの玉樹後庭歌は千年の後まで伝えられよう。悲しむには及ぶまい。卿の詩は美人の情と姿を尽くしてまるで一幅の絵のようであった。まことに美才と言うに足る」
煬帝が後主を慰めれば、今度は張麗華が申します。
「陛下も
「朕に詩才などあるわけもないが、貴妃に求められてはやむを得ぬ」
見面無多事
面を見れば多事なく
聞名爾許時
名を聞くこと
坐來生百媚
坐来して百媚を生じ
實個好相知
實に個好の相い知れる
煬帝の詩には
「先に陛下は麗華の容色を褒めておられましたが、蕭皇后と比べていかがでしょう?」
「
「麗華が皇后にも劣らないと言われるのであれば、何ゆえに詩に微意を含ませられたのか?」
「この詩は一時の戯れ、微意などない」
ついに後主が怒って申します。
「我もかつては天子の身であったが、あなたほど驕り高ぶったことはない」
「卿は亡国の君、このような無礼が許されると思うか」
煬帝が怒っても後主は引き下がりません。
「我を亡国の君と呼ぶあなたは、隋の天下がどれほど保たれると思っているのか。国を失う時には我にも及ばぬと言われるであろうよ」
「朕は
そう叫ぶと、煬帝は立ち上がって後主を捕らえようとし、後主も袖を振るって立ち上がりますが、張麗華は後主の袖を引いて申します。
「帰りましょう、帰りましょう。後日には
▼呉公台は陳の呉明徹が修築した物見台、煬帝は死後にその下に葬られます。
後主と張麗華は亭を飛び出して北海の水辺に向かい、煬帝はその後を追いますが、にわかに陰風が吹きつけて舟も人もかき消えてしまいます。
煬帝は大いに驚きましたが、ようやく二人が死んで久しいことを思い出し、それとともに目を覚ましたのでございました。
▼張麗華は陳の滅亡時に殺され、陳の後主は煬帝即位の年に世を去っています。
傍らを見れば二人の宦官があるのみ、他には誰もおりません。
悪夢を見た煬帝は興も破れて楽も尽き、二人の宦官とともに龍舟に乗って北海に漕ぎ出せば大風が吹いて舟を揺らし、宦官たちは慌て騒いで岸に戻ろうとしますが、向い風では進めません。
一時の興で龍舟を漕ぎだしたために煬帝の居所も知る者もなく、煬帝はやむなく二時ばかり北海を漂った後にようやく岸に上がり、
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